鬼を狩る子孫 第四話 保護者会の罠(8)
嵐山の対処と少年たちの気づき
保護者会の翌朝、職員室には重たい沈黙が漂っていた。
会議机の上には、未整理の書類と冷めたコーヒーの香りが残っている。新聞の地方欄には小さく、「学校説明会で意見紛糾」との記事。だが、記事の内容よりもその見出しの軽さが、かえって職員たちの心に刺さっていた。
教頭は苦笑いを浮かべながら新聞を畳んだ。
「ま、世間ってのは見出しで動くもんですわ。中身なんか、誰も読まへん」
その横で、嵐山は黙って資料を整理していた。厚い腕が机の上でゆっくりと動くたび、紙の音がやけに大きく響いた。
「せやけど、見出しが残るんや。ほんまに大事なことは、書かれへんままに」
その日の放課後、悠夜たちは部室代わりの旧理科準備室に集まっていた。蓮がノートパソコンの画面をのぞき込みながら言う。
「ネットにも出てるよ。『保護者会が大荒れ』って。コメント欄、ひどいよ」
大地が眉をひそめた。
「でも、嵐山先生、あのとき何も言わなかったよな。止めることだってできたのに」
悠夜は少し考え込み、机の上に置かれた古い地球儀を指で回した。
「……あれでよかったんだと思う」
蓮が顔を上げる。
「え?」
悠夜はゆっくりと言葉を探すように続けた。
「もし先生が何か言えば、どっちかの味方に見えただろ?でも先生が黙ってたから、みんな、自分の声に耳を澄ますしかなかった。何を守りたくて怒ってるのか、自分の中で確かめるしかなかったんだ。」
その言葉に、蓮と大地はしばらく黙った。
窓の外では、校庭の桜の花びらが風に乗って散っている。どこか寂しげで、でも不思議と心が落ち着く光景だった。
夕方、嵐山は一人、校舎裏の桜の下に立っていた。手に持った紙コップのコーヒーは、すっかり冷めている。保護者たちの言葉、校長の笑み、そして沈黙の中で見えた “人の数だけの正義” 。それらが胸の奥で静かに渦を巻いていた。
「……人ってのは、誰かを責めるとき、いちばん自分を隠しとるんや」
誰に言うでもなく呟いたその声に、背後から聞き慣れた声が返ってきた。
「先生、また京都の言葉ですか?」
振り向くと、悠夜たち三人が立っていた。
「なんや、お前ら。授業終わったら真っ直ぐ帰れ言うたやろ」
「ちょっと聞きたくて。あの保護者会、結局どうなったんですか?」
嵐山は口元をほころばせ、肩をすくめた。
「どうもこうもあらへん。あれも “学び” や。大人の、な」
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蓮が小声でつぶやいた。
「学び……か」
「せや。学ぶいうんは、何かを覚えることやない。忘れかけたもんを思い出すことや」
嵐山の言葉に、三人はしばらく何も言えなかった。沈む夕陽が彼らの影を長く伸ばしていく。風が吹き、桜の枝が小さく揺れた。悠夜はその光景を見つめながら、心の奥で確かに感じていた。
――自分たちは今、大人になる前の「境目」に立っている。
そしてその向こうに、まだ知らない何かがあるのだと。

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