鬼を狩る子孫 第四話 保護者会の罠(7)

保護者会の混乱

保護者会の当日。

午後の日差しが廊下の窓を斜めに照らし、集まった母親たちの声が校舎の中でざわめいていた。
教室前の掲示板には、「地域と連携した学校運営」の文字。だがその下に貼られた議題の紙には、誰かの書き込みで赤い線が何本も引かれていた。

校長は青い背広を整え、壇上に立った。

「本日はお忙しい中をありがとうございます。本校が地域と共に歩むために、皆さまのご意見を――」

その声が最後まで届かぬうちに、教室の後方からひとりの母親が立ち上がった。

「意見ならもう何度も出してます! 安全管理も設備も、何一つ改善されていません!」

校長は一瞬だけ目を細め、柔らかく微笑んだ。

「ご指摘、感謝いたします。改善計画はすでに進行中でして――」

その言葉を遮るように、別の保護者が前に出た。

「進行中? それじゃ遅いんです。うちの子は去年ケガをしたまま……!」

空気がざらりと濁った。
誰かが椅子を引く音。別の誰かが小声でなだめる。
最前列で議事録を取っていた教頭が、狐じみた笑みを貼りつけたまま立ち上がる。

「どうぞ落ち着いて。会長さんもお話しくださいますか?

PTA会長がゆっくりと立ち上がった。
髪をきっちりとまとめ、眼鏡の奥の瞳が冷たい光を放っている。

「本日の目的は、学校と保護者の “協働” を確認することです。感情的なやりとりは控えましょう」

その言葉に、空気が一瞬凍りついた。
だが、後方の数人が「協働って、結局どっちが主導なの?」と囁き合い、ざわめきが再び広がる。

嵐山は教室の端に立ち、静かにその様子を見ていた。
腕を組み、ゆっくりと息を吐く。

「人の数だけ正義がある、いうことやな……」

その呟きは誰にも届かぬほど小さかった。
だが、彼の視線の先で校長の口元がわずかに歪む。
その笑みは、混乱を鎮めるためのものではなく――
むしろ、誰が味方につくかを見極めているように見えた。

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教頭が再び声を張った。

「では次の議題、“地域との連携行事” について――」

その瞬間、PTA会長と別の母親が同時に手を上げた。
発言が重なり、声がぶつかり合う。

「だからそれを誰が決めるのかと言ってるんです!」
「決めるんじゃなくて、話し合うんです!」

室内の空気は熱を帯び、外の桜が風に散っていく。
窓際で嵐山は、わずかに目を細めた。
 ――子どもたちのための会が、いつのまにか大人の駆け引きの場になってしまった。
蛍光灯の光が、汗ばんだ頬を冷たく照らしていた。

やがて校長は、軽くマイクを握った。

「皆さん、貴重なご意見、誠にありがとうございます。こうした率直な声こそ、我々教育現場にとって財産であります」

その口調は穏やかだったが、瞳の奥には別の色が潜んでいた。
 ――掌の上で、誰が動き、誰が反発するか。
校長はその全てを冷静に見ていた。

保護者たちが次第に席を立ち始める頃、嵐山は静かに教室を後にした。
廊下に出ると、外はもう宵闇に沈みかけていた。
風が頬を撫で、彼は小さく呟いた。

「……大人も子どもも、結局は学んでる途中なんやな」