鬼を狩る子孫 第四話 保護者会の罠(6)
保護者会前夜
職員室の空気は、夕暮れの蛍光灯に照らされてどこかざらついていた。
誰もが机に向かっているふりをして、実際は明日の保護者会のことを気にしていた。
若手の女性教師が書類をまとめながら、そっと声を潜める。
「ねえ、今年のPTA会長さん、けっこう手強いらしいですよ」
「え? どういう意味?」
「前の学校でも、いろいろあったとか。学校運営にまで口出ししてたって……」
その言葉に、周囲の教師たちの視線が一瞬だけ交錯した。
校長の机の上には、明日の進行表が几帳面に並べられている。
「地域と連携した学校運営」と題された紙の隅に、
小さな赤字で「信頼確立」「発言機会重視」と書き込まれていた。
そこへ、教頭がいつもの狐じみた笑みを浮かべて近づいてきた。
「まあまあ、心配いりませんよ。会長さんは教育熱心なお方です。
うまく取り込めば、むしろ味方になります」
声には柔らかさがあったが、どこか軽い。
「取り込む」という言葉の響きが、妙に生々しく職員室に残った。
机の端では、嵐山が腕を組んで黙っていた。
やがてコーヒーを一口すすり、ぽつりと呟いた。
「上手に立ち回るいうてもな……人の心は将棋盤やあらへん。
駒を動かしたつもりが、自分が詰んどることもあるんや」
若い男性教師が苦笑いを浮かべる。
「また京都のことわざですか」
嵐山は目を細めた。
「ことわざちゃう。うちのばあちゃんの口癖や」
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その言葉に一瞬、職員室の空気がやわらいだ。
だが、そのすぐあと——
ドアの外から、校長と教頭の話し声が聞こえてきた。
「明日は印象が大事だ。地域の信頼を得る好機になる」
「ええ、私のほうで要所はすでに調整しております」
二人の足音が遠ざかっていく。
嵐山は残りのコーヒーを飲み干し、静かに息を吐いた。
窓の外では、夜風が桜の枝をゆらしている。
「……大人の世界は、どこまでいっても子どもみたいやな」
その独り言は、蛍光灯の明かりに溶けていった。


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