鬼を狩る子孫 保護者会の罠(5)
嵐山の懸念
夜の職員室は、まるで世界から切り離されたように静まり返っていた。
蛍光灯の白い光が、机の上の書類を淡く照らしている。
廊下の奥で誰かがロッカーを閉める音がしたが、それもすぐに遠のいた。
嵐山は椅子にもたれ、手元の書類に視線を落とした。
それは、新年度の部活動届。
「歴史クラブ 顧問:嵐山」「部員:霧村悠夜、蓮、大地」——三つの名前が並んでいる。
「ふむ……真面目そうに見えて、けっこう行動派の子らやな」
独り言のように呟きながら、口元がわずかに緩んだ。
申込書の欄外には、子どもらしい字でそれぞれの動機が書かれていた。
悠夜——「昔の人の心を知りたい」
蓮——「知らないことを調べるのが好き」
大地——「歴史の裏に隠れている“ほんとうのこと”を見つけたい」
嵐山は、ゆっくりと三人の文字をなぞった。
「……ええなあ。まっすぐで、素朴で、疑うより先に知ろうとする気持ち。けど、それがいちばん難しい時代になってしもうたんや」

昼間の光景が脳裏をよぎった。
廊下の向こうで口論する二人の母親——。
「うちの子が代表委員に選ばれないなんて!」
「成績表を見てから言いなさいよ!」
あの声が耳に残っている。
「大人の争いが、子どもの世界まで侵してきよる……」
つぶやきながら、嵐山は机に肘をつき、眉間を押さえた。
校長の「地域と連携」「保護者と協働」などというスローガンが頭をよぎる。
——結局は人気取りやないか。
子どもたちが信じるべきものを、大人が裏切ってどうするんや。
窓の外では、夜風がカーテンを揺らした。
ふと机の端のコーヒーカップを見ると、冷めた液面に光がひとすじ揺れている。
嵐山は苦笑した。
「せやけど、わしら教師が諦めたら、ほんまに終いや」
引き出しから歴史クラブの活動予定を取り出し、赤ペンで書き加える。
“地域の史跡探訪” “古文書の読み方” “戦争体験を聞く会”——。
その横に、そっと一行添えた。
——「子どもたちの心が、まっすぐ育つ場所に」
「よっしゃ、これでええ」
嵐山は背もたれから体を起こし、肩をほぐした。
窓の外には、校庭の隅にある桜の木が街灯に照らされていた
「来年もあの子らと、ええ春を迎えられたらええな……」
その声は夜の静寂に溶け、やがて遠くで時計の音だけが響いた。

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