鬼を狩る子孫 第三話 新任校長の履歴書(22)

闇、そして解放

講堂の空気は、黒い靄に覆われていた。
窓からの光さえ呑み込まれ、世界そのものが闇に閉ざされたようだった。

校長の身体にまとわりつく影は、もはや人の形を失い、呻き声と怒号を繰り返す。

「……う、うあああ……!」

その目は血のように赤く濁り、苦悶と狂気が交錯していた

「もう……待てない!」

悠夜が勾玉を握りしめる。

「悠夜!」

蓮が叫んだが、その声にも決意は揺らがなかった。

「俺たちでやるしかない」

大地が一歩前に出る。

嵐山が三人の背に手を置き、巨体を闇に向けて踏み込んだ

「子どもら、力を合わせるんや! 光はまだ消えてへん!」

その瞬間、勾玉から青白い光が迸り、講堂全体を満たした。
影は獣のように吠え、逃れようと暴れ狂う。だが嵐山が仁王のごとく立ちはだかり、少年たちの心を支えた。

「負けるな! ここが踏ん張りどころや!」

三人の心が一つになった。
勾玉の光は闇を裂き、嵐のような唸りを上げて影を打ち払った。

 ──闇が消えた。

校長は膝を折り、床に崩れ落ちた。

肩を震わせ、しばらくは言葉も出なかったが、やがて嗚咽まじりに呟いた。

創作小説の挿絵

「……私は……嘘を重ねてきた……守るためだと、言い訳をして……」

顔を伏せたまま、途切れ途切れに言葉が溢れ出す。

「私は……地方の小さな町から、必死に夢を追った……ハーバードに入ったとき、どれほど誇らしかったか……。だが、貧しさに押し潰され、学びも、恋も、未来も……全部、失った。夢をつかんだと思った瞬間に、すべて指の間から零れ落ちていったんだ」

彼の声は震え、涙が床に滴り落ちる。

「帰国した私は、ただの中途半端な人間だった。だが、周囲は “ハーバード出” と持ち上げ、私は黙ってうなずいた。……それが最初の嘘だった。そこからだ、すべてが始まったのは」

拳を握りしめ、嗚咽をこらえる。

「嘘は嘘を呼び、私は次第に自分自身を見失った。真実を語ればすべてが崩れる……その恐怖に縛られていた。私は、ずっと仮面をかぶって生きてきたのだ」

 ──虚飾を捨てられない。
 ──仮面を剥がす勇気がない。

「私は、弱かった……ただ弱かったんだ。教師でありながら、生徒に誠実であるべき私が、一番不誠実だった。……どんなに笑顔を作っても、心の奥は、あの川のきらめきを失った冬の川のように冷えきっていた」

 ──チャールズリバー。

若き日の彼が仲間とボートを漕いだ、あのまばゆい川面。
そして、その岸辺で見守ってくれていた一輪の白い薔薇。
ホワイトローズの面影が、淡く心に浮かんだ。

校長は深く頭を垂れ、声を振り絞った。

「……すまなかった。すべては、私の弱さだ」

講堂に静寂が戻った。
それは長く苦しい闇の終わりを告げる静けさだった。