鬼を狩る子孫 第三話 新任校長の履歴書(13)
忍び寄る影
その夜、校長は執務室にただ一人、机に向かっていた。
分厚いカーテンに閉ざされた部屋の中は、外の月明かりも届かず、ランプの光だけが机の上をぼんやりと照らしていた。
机には整えられた書類の山と、古びた一冊のアルバムが置かれていた。
校長はためらうようにその表紙をなぞり、やがてゆっくりと開いた。
そこにはハーバードの寮で撮った記念写真、チャールズリバーを背に仲間と肩を組む若き日の自分の姿があった。
「……あの頃は、夢だけが支えだった」
校長は低くつぶやいた。
地方からひとり飛び出し、世界の知に挑んだ日々。
だが生活に追われ、恋を失い、学位を得られなかった挫折の記憶が、暗い影のように胸に蘇る。
それは、心の奥でいまだ冷えきらぬ冬の川の流れのように、静かに澱んでいた。

そのとき、背後から冷たい風が吹き込んだような気がした。
密閉されたはずの室内に、なぜか重く湿った闇が漂い始める。
ランプの炎が揺らぎ、壁に映る影がじわりと歪んだ。
耳の奥で、低く湿った声が囁いた。
──まだ仮面を剥がすな……
──飾りを纏え……
──素顔に戻れば、お前は消える……
校長は唇をかみしめ、額ににじむ汗をぬぐった。
「……私は間違っていない。私はここまで来たのだ」
そう言い聞かせる声は震えていた。
だが影は静かに、確かにそこにあった。
まるで闇の吐息が、校長の心をじわじわと絡め取ろうとしているかのように。


