鬼を狩る子孫 第三話 新任校長の履歴書(6)
教師のあだ名
昼休みの教室は、ざわめきと笑い声で満ちていた。
悠夜、蓮、大地の三人は窓際に集まり、弁当を広げながら小声で話していた。
「なあ、考えてみろよ」
蓮が口を開いた。
「俺たち、もう新しい校長先生と教頭先生にはあだ名つけてるじゃん」
「青シャツと、きつねか」
大地が指を折った。
「校長はいつも青いスーツかシャツ着てるから、青シャツ」「教頭は目が細くて、笑ってんのか睨んでんのか分からないから、きつね」
悠夜が付け加える。
三人は顔を見合わせ、にやりとした。
そのとき蓮が思い出したように言った。
「で、今日の美術の先生、どうする?」
細長い体をひょろりと曲げながら、黒板に “遠近法” の図を描いていた美術教師の姿が脳裏に浮かぶ。
「この海の絵は……ターナーの光に通じるものがありますな
などと、うっとりした声で言った瞬間、クラス中が忍び笑いに包まれたのだ。
「体つきが、かんぴょうみたいにひょろひょろしてるよな」
蓮が肩をすくめる。
「よし、かんぴょう先生で決まりだな」
悠夜が笑いを押さえながら言うと、大地も頷いた。
三人は声をひそめて吹き出した。
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その日の午後、歴史の授業で現れたのが嵐山先生だった。
大柄な体に背広が少し窮屈そうで、それだけで教壇が狭く見える。
「ほな、今日はな、源平の合戦ちゅうもんを見ていこか」
ゆったりとした京都訛りが教室に広がると、ざわついていた生徒たちも思わず耳を傾けた。

「言うても、わてが生まれるはるか昔の話やけどな。……もしわてが義経と同級生やったら、歴史は変わってたやろ」
教室にどっと笑いが起きる。
蓮が肘で大地をつついた。
「なあ、嵐山先生、体格すごくないか? 力士みたいだぞ」
大地が頷いた。
「丸っこいし……嵐丸でどうだ?」
「嵐丸か」
悠夜も口元を緩めた。
「いいな、それ」
こうしてまた一人、あだ名の教師が加わった。青シャツの校長、きつねの教頭、かんぴょう先生、そして嵐丸先生。
笑いとざわめきの中で、四人の異彩を放つ教師たちが、少年たちの記憶に確かに刻まれていった。


