鬼を狩る子孫 第三話 新任校長の履歴書(5)
放課後の昇降口は、部活動へ急ぐ生徒たちで賑わっていた。
悠夜、蓮、大地の三人が靴を履き替えていると、不意に背後から柔らかな声がかかった。
「失礼、少しよろしいかな」
振り返ると、教頭が立っていた。眼鏡の奥の細い眼が、穏やかに笑みを浮かべている。
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「君たちが、ずいぶん熱心に物事を調べているという話を耳にしてね。──旧校舎の件も、夜の出来事も。
まったく、若いというのは素晴らしい。怖いもの知らずで、好奇心のままに足を踏み入れる……その勇気には私も感心させられるよ。もっとも──勇気には感心するが、時に若さは無謀と紙一重だ」
声はあくまで丁寧だったが、その底には冷ややかな響きが潜んでいた。
三人は思わず息を呑む。褒め言葉の形を取りながらも、それは「軽率な真似をすれば身を滅ぼす」という警告にほかならなかった。
教頭はさらに口調をやわらげ、まるで三人を気遣うように続けた。
「君たちには将来がある。ここでしっかり学べば、望む道はいくらでも開けるだろう。だからこそ、つまらぬ疑念や誤解に囚われて、大切な青春を無駄にしてほしくはないのだよ。……私は君たちのためを思っているのだ」
そう言いつつ、声には再び棘が潜む。
「ご承知のとおり、校長先生は特別なお方だ。ハーバード大学で学ばれ、国際的な舞台で研鑽を積んでこられた。そのような人物がわざわざ我が校に来てくださる──これは、生徒にとっても教師にとっても、何よりの幸運だ。誤解や根拠なき噂が立てば、この貴重なご縁を損なうことになる。そんなのは、実にもったいない話ではないかね」
蓮が何か言い返そうとしたが、悠夜が首を振って制した。
教頭は最後ににこやかに微笑み、声をやわらげて結んだ。
「私はね、君たちを信じているよ。賢明さと分別を備えた、将来ある若者としてね」
軽く会釈をして教頭は人の波に紛れて去っていった。
残された三人の胸には、気遣う言葉と圧力とが絡み合った、重苦しい後味だけが残った。


