鬼を狩る子孫 第二話 影を落とす契約書(6)

(6)
勾玉の光が胸の中で激しく踊った。悠夜は反射的に布団から飛び起き、窓の外の暗闇を見据えた。昨夜とは違う、鋭く切迫した脈動が走っている。誰かが、苦しんでいる——その声が体の奥に響いたのだ。

数分のうちに蓮が来て、二人は言葉少なに家を出た。夜風は冷たく、通りの街灯が点々と光るだけの時間帯。勾玉は胸でなお震え、たびたび光を強めては暗くなる。悠夜はその光を方角の合図とし、蓮とともに足を速めた。

路地を曲がり、あの白い塀の先にある屋敷の影が見えた。門は閉ざされ、外灯が庭木の葉をぼんやりと照らしている。だが、遠くから微かな呻き声が漏れてきた。田野倉の、あの夜の叫びと同じ声。悠夜は思わず息を殺す。

裏手に回ると、勝手口の方角に小さな人影が忍び寄るのが見えた。やや青白い顔で、ジャージを腰に引っかけた少年が、そっと塀の陰からこちらを窺っている。蓮が囁いた。「おい、見ろよ。あいつ、大地だ……」

創作小説の挿絵

大地──悠夜と同じクラスの子だ。普段は笑い上戸で、サッカー部のキャプテン気質だが、家では父を手伝っていると噂されていた。今日は放課後に学校の用事を済ませた後、そのまま屋敷に戻って父の書類整理を手伝っていたらしい。昨夜は父の仕事が長引き、大地も居残っていたというのだ。だから、こんな時間に屋敷にいるのも不思議ではない。

大地は一歩近づき、低く囁く。「悠夜、蓮、こんな時間に何してるんだ?」
悠夜は軽く会釈する。「大地、父さんのこと、心配で来たんだ。窓から見てみたら、なんか様子がおかしいんだ」
大地の目が一瞬険しくなった。彼は父のことをよく知っている。父は頑固で厳しいが、仕事に対する誠意だけは人一倍で、そんな父が今のようにふさぎ込むのは見たことがない。大地は黙って窓の方へ視線を向けると、裏口の鍵穴の位置を確かめるようにそっと手を伸ばした。

「裏口はいつも俺が締める。父さん、よく鍵をかけ忘れるんだ。今なら、行ける」大地はそう言って、慎重に工具を取り出し、鍵をそっと外して裏口を開けた。蓮は少しためらったが、悠夜の決意の表情を見てうなずき、三人は家の陰に滑り込むように入った。

勝手口から屋内に入ると、応接間から漏れる光と、書斎の方からかすかな物音が伝わってくる。床は微かにきしみ、二人の足音が響かないようにそっと歩いた。大地は小声で説明する。「父さん、最近いろいろ悩んでた。工事のこと、資金繰りのこと……俺も手伝ってたんだ。だけど、今の父さんは……何かに取り憑かれたみたいだ」

窓辺にたどり着くと、ガラス越しに書斎の内部が見えた。机の上の契約書がばらばらと空中に舞い、黒い滲みがページの端からにじみ出している。紙の裂かれた断片が暗闇の中で踊り、そこから異様な気配が立ち上っていた。書斎の中央にうずくまる男影——それが田野倉だ。肩を震わせ、苦悶の声を小さく漏らしている。

悠夜は勾玉の光を感じながら、窓に額を寄せる。紙片が舞うたびに、黒い滲みがさらに広がっていく。滲みの発生源を見つければ、封じる手掛かりがつかめるかもしれない。悠夜は静かに息を整え、囁いた。「大地、父さんの近くに紙束の束があるだろ? 窓の位置から見える範囲でいい。滲みの始まるところを見つけてくれ」

大地は窓越しに父の机の配置を目で追い、指で合図する。「あそこだ。ファイルの束の端あたりから、黒くなる。紙が腐ってるみたいに見える」彼の声は震えていたが、確かな指先。大地はさらに低く言う。「父さんがそのファイルを触るたびに、変な声がしてたんだ。今は……もう止めないと」

蓮は小さく息を吐き、ポケットから小さな懐中電灯を取り出す。光量を最小に絞り、窓の隙間から光を差し入れてみる。窓の反射で内部が見づらかったが、懐中電灯の光は確かにファイルの端をほのかに照らした。そこから、黒い滲みがにじみ出しているのが確認できる。

悠夜は胸の勾玉をぎゅっと握りしめた。勾玉は今、いつになく強く光り、彼の心に語りかけるようだった——「恐れず、しかし無闇はするな」——。その言葉(感覚)を頼りに、三人は作戦を練る。窓を割らずに滲みの出どころを押さえ、紙片を凪ぐ何かを差し入れられればいい。布で紙を包んで外に持ち出すこともできるかもしれない。

大地は軽くうなずき、震える声で言った。「行こう。父さんを、俺たちで助けるんだ」
悠夜と蓮は同意し、三人は窓の格子を乗り越えずに、窓の下に回り込む。夜の空気が静かに胸を締め付ける中で、彼らは息を殺して動き出した。