鬼を狩る子孫 第一話 見えない請求書(11)

(11)
教室の空間を満たす霧の中で、黒板から抜け出した鬼の面が大きく口を開いた。
声にならない叫びが、耳ではなく頭の奥に直接突き刺さってくる。

蓮は思わず耳をふさいだが、意味がない。
「う、うるせぇ……! 脳みそに響いてくんだよ、コイツ!」

悠夜は胸元の勾玉を強く握りしめた。
冷たかった石が、じわりと熱を帯びている。

(そうだ……祠で黒装束の男が言っていた。“勾玉は守人の証、災いを退ける力を宿す” って……!)

鬼の面がじりじりと近づいてくる。
その眼孔からは暗い渦が伸び、机やノートを吸い込むように揺らめいていた。
もし触れたら、魂ごと引きずり込まれる――そんな直感が走る。

蓮が叫んだ。
「悠夜! なんかしろ! おまえしか触れねぇんだろ、それ!」

「……わかってる!」

悠夜は勾玉を掲げた。

創作小説の挿絵

その瞬間、石の表面に淡い光の筋が浮かび、霧の中で揺らめいた。
ただし、光は弱々しく、今にも消えそうだ。

(足りない……! どうすれば……!)

蓮が必死に思い出そうとするように目を閉じ、声をあげた。
「なあ悠夜! おまえの祖先、“霧の小次郎” はただ刀で戦ったわけじゃないだろ? なんか……言葉とか、術とかで……!」

その言葉に、悠夜の頭に幼いころ祖母から聞いた話がよみがえる。
――“影を退けるには、霧を霧で縛れ。名を呼び、結び、祈るのだ”。

(そうだ……“名前” だ!)

悠夜は勾玉を胸に押し当て、霧の中へと声を放った。
「影喰い――! おまえの名は “借り物” だろう! ここから先へは行かせない!」

勾玉の光が一瞬だけ強くなり、鬼の面を縛るように白い線が走る。
蓮も負けじと声を重ねた。
「そうだ! オレたちの教室を勝手に食い物にすんな!」

二人の声が重なった瞬間、黒板の鬼の面が大きく歪み、霧の中に吸い込まれるようにして消えていった。

静寂。
止まっていた時計の針が、コチリ、と動き出す。
周りのクラスメイトが何事もなかったようにざわざわと動き始め、鉛筆の音が戻ってきた。

蓮は机にどさっと座り込み、ぜえぜえと息を吐いた。
「はぁ……やった、のか……?」

悠夜は汗ばんだ勾玉を見つめながら、小さくうなずいた。
「一時的に退けただけだ……でも、まだ終わってない」

蓮が顔を上げ、にやりと笑った。
「ならいいじゃん! 次もまた、一緒にやっつけてやろうぜ!」

悠夜はその言葉に、少しだけ肩の力を抜いた。
――こうして二人は初めて、学校に迫る “影” を退けたのだった。