鬼を狩る子孫 第一話 見えない請求書(10)

(10)
黒板いっぱいに広がった数式は、やがて輪郭をつなぎ合わせ、鬼の面となった。
ぎらりと光る目、裂けた口元。だが、それはチョークで描かれた絵ではない。
霧そのものが黒板に染み込み、浮かび上がった姿だった。

「う、うわ……顔になってる!」
蓮が声をあげ、椅子を引きずって後ずさる。

クラスの子どもたちは誰も気づいていないようで、相変わらずノートに鉛筆を走らせている。

――いや、気づかないように“縛られている”のか。

竹内先生は淡々とチョークを置き、黒板の前に立った。

創作小説の挿絵

「見えているのは……君たち二人だけか」

その声は、授業で聞き慣れたものとは違っていた。低く、重く、胸に直接響いてくる。

悠夜は、震える手を机の下で握りしめた。
(やっぱり……竹内先生が、この“霧”を呼び込んでる)

蓮が振り返り、必死に声をひそめる。
「悠夜……これ、祠で見た“影喰い”と同じじゃね? 先生が……依代になってるんだ!」

悠夜の心臓が強く打つ。
祠で見た黒装束の守人、祖先の小次郎の名、勾玉の伝承。
すべては、この瞬間へとつながっている。

竹内先生はゆっくりと手を伸ばし、黒板に描かれた鬼の面に触れた。
その瞬間、教室の窓が一斉にガタガタと揺れ、冷たい風が吹き込む。
チョークの粉が宙に舞い、霧が床から立ちのぼる。

「支払いは終わらない……」
鬼の声が、竹内先生の口から重なって響いた。

蓮は歯を食いしばり、椅子を蹴って立ち上がる。
「ふざけんなよ! そんなの、俺たちが止めてやる!」

悠夜は隣で立ち上がり、胸元の勾玉を握りしめた。
(逃げられない……俺が、この血を受け継いだ意味は……きっとこの時のためだ)

鬼の面が黒板から抜け出し、教室の空間にゆらゆらと浮かび上がった。
次の瞬間、すべての時計の針が止まり、静寂が訪れる。

残されたのは、霧と影と、二人の心臓の鼓動だけだった。