俳句的生活(340)-連句(22)-

連句(22)『植田の風の巻』
令和7年 6/11水〜6/13金  
連衆  典子 紀子 游々子 二宮

6月に入っての2回目の連句、10日に一度のペースで3日で巻きあげるということは実行に移されています。

(発句)     道ゆけば植田の風や塔の里     典子
(脇句)     誘ひくれし初夏の飛鳥路      紀子
(第三句)    珈琲の国を内親王たずね      游々子
(第四句)    移民の昔読み返す歴史       二宮
(第五句)    故郷を想ひ見上ぐる山の月     典子
(第六句)    栗鼠のかくした森の団栗      游々子
(第七句)    忘れたる事も忘れし秋の暮     紀子
(第八句)    たまに想起す古人の名を      二宮
(第九句)    記念日は一つ漏らさず記入せり   典子
(第十句)    遺影を囲む京の送り火       游々子
(第十一句)   加速する事業ゲイツは未来見る   紀子
(第十二句)   AI頼みで夢を叶へて        典子
(第十三句)   月天心捕り手のせまる赤城山    游々子
(第十四句)   名場面語りて燗熱く        紀子
(第十五句)   風の音田舎芝居の始まりて     二宮
(第十六句)   阿波へと渡る見返りお綱      游々子
(第十七句)   藍染の帽子鞄に花の旅       典子      
(第十八句)   春の万博デニムTシャツ      紀子     
(第十九句)   夢州にひねもす集う世界の語    二宮   
(第二十句)   久美子演じる晋作の妾       游々子
(第二十一句)  下関上海帰りの破天荒       二宮      
(第二十二句)  顕彰碑建つ古都の山麓       紀子       
(第二十三句)  京町屋夜を流るる二階囃子     游々子
(第二十四句)  母の羅衣桁に掛ける        典子       
(第二十五句)  一言も告げず初恋胸の内      紀子     
(第二十六句)  遠いうわさにふと思い出す     二宮    
(第二十七句)  見上げつつ踊る鹿鳴館の華     游々子
(第二十八句)  新紙幣に梅子の肖像        典子      
(第二十九句)  ススキ持ち天文学者月語る     二宮     
(第三十句)   大潮の夜の命の神秘        紀子  
(第三十一句)  読み耽る推理小説秋灯下      典子      
(第三十二句)  歴史自然と至るとこ謎       二宮       
(第三十三句)  不可能を辞書に加えしセントヘレナ 游々子
(第三十四句)   旅先はつい寝不足になり      典
第三十五句)    飛花落花華の絵巻は次頁へ     紀
(挙句)     信貴山縁起鳥獣戯画と       二宮

道ゆけば植田の風や塔の里
発句の季語は「植田」、田植えが終わった後の田圃のことです。下五の「塔」は法隆寺の五重塔のことで、「塔の里」で斑鳩を指しています。

誘ひくれし初夏の飛鳥路
斑鳩より飛鳥に繋いでいます。本句、最初の出句は「初夏の扉を開く夢殿」というものだったのですが、初折りの表(発句から第六句まで)では寺社のことは詠まないという式目があるために変更されたものです。私などは夢殿によって、発句の「塔の里」が斑鳩のことであると気付いたぐらいなので、この江戸時代からの式目は如何なものかと思ってしまいました。

珈琲の国を内親王たずね
発句と脇句で一つの和歌のように詠まれるのですが、第三句では新たな展開が求められています。ちょうど秋篠宮家の佳子さまが国交樹立130年を記念してブラジルを訪問されていたので、場所を海外に移し珈琲を添えることでその要件は満たされると思ったのですが、内親王で前句および前々句のイメージを引きずってしまいました。

移民の昔読み返す歴史
ブラジルは日本からの最大の移民先であったことを詠んでいます。

故郷を想ひ見上ぐる山の月
ブラジルから遠い日本を思った句です。阿部仲麻呂の長安で作った和歌を思い起こさせます。

栗鼠のかくした森の団栗
場面の展開を図った句です。

忘れたる事も忘れし秋の暮
本句は面白い!栗鼠が団栗を隠した場所をよく忘れないものだと感嘆した上で、今の自分は何と忘れやすいことかと、忘れたことまで忘れてしまうと嘆いています。

たまに想起す古人の名を
現在のことは直ぐに忘れてしまうが、昔のことは忘れないものだと。仰るとおりです。

記念日は一つ漏らさず記入せり
記念日というものは忘れてはならないものです。そのためにメモに記入するのですが、メモったことすら忘れてしまうのです。

遺影を囲む京の送り火
私事になりますが、今年は結婚して50年目になる年。家内の遺影を携えて、一族郎党全員で、鴨川の桟敷から大文字の送り火を眺めようとしています。

加速する事業ゲイツは未来見る
過去のことではなく未来に眼を向けようという句です。慈善活動を行っているビル・ゲイツですが、最近のニュースに今後20年間で、自分の資産の全てを社会に還元するということが報じられていました。

AI頼みで夢を叶へて
これからはAIの時代、AIを使いこなせる人間でありたいものです。

月天心捕り手のせまる赤城山
秋の月の座ですが、名月赤城山の芝居を詠んでみました。新国劇の当たり狂言のひとつで、国定忠治を演じる辰巳柳太郎の「赤城の山も今宵限り、可愛い子分の手めえ達とも、」というセリフのあとには、拍子木が鳴ったものです。

名場面語りて燗熱く
蘊蓄を傾けるのは、熱燗をちびりちびりとやるのが合っています。

風の音田舎芝居の始まりて
昔は新国劇もどきの旅の一座があったものです。

阿波へと渡る見返りお綱
この句も芝居といえば芝居なのですが、吉川英治の『鳴門秘帳』を詠んだもので、見返りお綱とはヒロインの女掏り。48年前にNHKでドラマ化されていて、当時デビューしたばかりの三林京子さんが初々しく演じていました。

藍染の帽子鞄に花の旅
阿波より藍染に。

春の万博デニムTシャツ
藍色のデニムTシャツは男のおしゃれ

夢州にひねもす集う世界の語
万博では世界各地の言葉が飛び交っている

久美子演じる晋作の妾
密航を企てた高杉晋作。『鳴門秘帳』の放映と同じ年にNHKは大河ドラマで司馬遼太郎の『花神』を放映した。このとき晋作の愛妾おうのを演じたのが秋吉久美子。幕府から追われる晋作はおうのを連れて道後や琴平まで行っています。

下関上海帰りの破天荒
晋作は上海へ渡航していますが、藩の公金5千両を使い果たしてしまった。今のお金にして5億円です。

顕彰碑建つ古都の山麓
明治元年、明治天皇は維新で倒れた志士の霊を慰めるために、京都の霊山護国神社を創建しています。この中に高杉晋作の墓標もあります。

京町屋夜を流るる二階囃子
京都の6月は7月の祇園祭での囃子の練習が行われていて、町家の二階からはコンチキチンの鉦叩きの音が流れてきています。

母の羅衣桁に掛ける
町家は衣桁(いこう)とそこに掛かる羅(うすもの)が似合っている。

一言も告げず初恋胸の内
遠いうわさにふと思い出す
この二句は恋の座の句です

見上げつつ踊る鹿鳴館の華
今トランプ関税が問題になっていますが、明治時代は関税を自主的に決められない不平等条約の改定をどう実現するかが国家の大目標でした。そこで出てきたのが鹿鳴館。西洋文化を身に付けていた大山巌夫人の捨松などは鹿鳴館の華と謳われたものです。ところが考えてみるに、当時の日本女性の平均身長は145~150cmで、平均が175~180cmであった西洋の男性とダンスをするとき、見上げる格好になったのではと推測します。

新紙幣に梅子の肖像
津田梅子は明治4年の岩倉使節団に従って渡米留学した女性の一人です。英語の世界に入るのは今でも大変なのに、あの時代によく留学したものと驚きます

ススキ持ち天文学者月語る
この天文学者は高知出身の関さんであるらしい

大潮の夜の命の神秘
大潮は月と地球と太陽が一直線に並んだときに引き起こされます

読み耽る推理小説秋灯下
秋は読書の季節です。

歴史自然と至るとこ謎
この世界はわからないことだらけ。だから面白い。

不可能を辞書に加えしセントヘレナ
これも歴史の一こま。ナポレオンも世の中に不可能なことがあることを、セントヘレナでは気が付いたことでしょう。

 旅先はつい寝不足になり
年を取ると時差ぼけがきつくなり、海外への旅行はしんどくなってしまいました。

 飛花落花華の絵巻は次頁へ
本句は桜が散り、春が過ぎ行くなか、美しい絵巻のような出来事はまだまだ続いていくとし、それは次の展開へとページがめくられていくと詠んでいます。連句そのものを詠んでいると解釈できます。

信貴山縁起鳥獣戯画と
「と」で終わるという挙句としては異例の終わり方ですが、連句という連想と飛躍の絵巻を締めくくるにあたり、日本絵巻文化の二大傑作「信貴山縁起」と「鳥獣戯画」を挙げて、この連句もまた、そうした異世界や奇想に満ちた絵巻物の一場面のようであったと締めくくっているのです。

今回の連句、最後の二句で詠んでいるような豊かな絵巻物になっているでしょうか?読者のご判断は如何でしょうか。