添削(71)-あすなろ会(27)-

遥香さん

原句  平氏悲話を刻む吊橋風薄暑

この句は阿波祖谷の葛橋を詠んだ句と思われますが、ここは軽く「落人の」で済ませて、吊橋に蔦を添えた方が、情景が鮮明になるでしょう(参考例1)。「平氏秘話を刻む」は説明的です。

参考例1 落人の蔦の吊橋風薄暑

下五の “風薄暑” は繊細な季語「薄暑」の、かすかな暑さだけでなく、「風」という皮膚の感覚を付け加えた表現です。これを生かすには、作者が 「今」吊橋に乗って歩いている臨場感を出した句にした方が秀でている思います(参考例2)。

参考例2 一歩ずつ祖谷の吊橋風薄暑

原句 若竹のこゆるぎの影風の影

本句は、風そのものではなく「風の影」を詠んでいる事で詩的なものとなっています。更に “こゆるぎ” で若竹の柔らかさが表現されていて、視覚と触覚的な感覚が繊細に折り重なった句であると言えます。ただ、「影」を重ねているのは、意図的なことと思いますが、俳句としては技巧臭さが感じられて損をしていると思います。この句はそうした技巧を凝らさずとも、着点のよさで佳句となり得るものです。

参考例 若竹のこゆるぎ映す風の影

原句 濃紫陽花一雨ごとの今日の色

この句は視覚と天候を結びつけて、紫陽花の色が一雨ごとに変化していくという季節感がよく出ている写実的でありながら抒情もある佳句です。論点は句の構成が「濃紫陽花」「一雨ごと」「今日の色」という三段構成となっていて、それぞれの語句に独立感があることです。「一雨ごとに変わる色」という部分を上句中句で表現し、下句に季語を置くことで、「今日の色」の語感の強さが弱まり、全体を滑らかな流れにすることが出来ます(参考例1)また「今日の色」の代わりに色の変化を具体化することも一策です(参考例2)

参考例1 一雨ごと 今日の色なる 濃紫陽花
参考例2 一雨ごと 深みを増して 濃紫陽花

怜さん

原句 街路樹の影人寄りて薄暑かな

この句は、都会の一隅における、季節と人の営みを結び付けて詠んだ佳句です。問題点は「影人寄りて」の部分で、(影+人+寄り)という並びに滑らかさが欠けていることです。ここは助詞の「に」を使って文脈を明確にし、リズムを整える処です。

参考例 街路樹の影に人寄る薄暑かな

原句 校門にどっと白波更衣

この句は、制服の夏服への更衣を「白波」とたとえた比喩が巧みで、非常に躍動感のある描写となっています。比喩ではなく写生的に詠むことも可能ですが、このままで俳句として充分に成り立っていて、直しの要らない佳句です。

原句 背負子(しょいこ)の子笑みて手を振り夏の山

本句も着想の優れた佳句です。ただ、中句を連用形で止めているのは下句への繋がりが悪いです。語順を変えて解消します。「手を振る」が下五に掛かる連体形になっています。

参考例 夏の山笑みて手を振る背負子(しょいこ)の子

蒼草さん

原句 吾もまたノラになれぬか明易し

この句の「ノラ」は、ヘンリック・イプセンの戯曲『人形の家』の主人公ノラ・ヘルメル。家庭や社会の抑圧から自立を決意して家を出る象徴的な人物です。原句は「明易し」という季語を選ぶことによって、その時間帯が内面的な揺れや、まだ決意しきれない迷いを暗示する効果を出しています。
問題は「なれぬか」という問いかけの表現で、これが強すぎるため、詩情を損なうことになっています。少しトーンを落とした表現にした方が良いでしょう。

参考例 ノラになりきれぬままの吾明易し

原句 浮草の余白にぬっと親子亀

本句は、水面に広がる浮草の隙間を “余白” と表現したところが詩的で、間や静けさ、空間的な感覚がにじみ出ています。また、”ぬっと” という擬態語で写生にユーモアを含ませることに成功しています。更に、ただの「亀」ではなく「親子亀」としたことで、微笑ましさと愛嬌、物語性が加わっています。直す必要のないこのままで佳句ですが、強調するポイントをどこに置くかで、新たに句が生まれて来ます。

参考例1 ぬっと出る親子亀あり浮草間

これは、「ぬっと出る」で笑いの部分を前面に出すことで、よりユーモア的にしたものです。

参考例2 浮草にそっと寄り添う親子亀

これは、「浮草」を主役にしつつ、「そっと寄り添う」で親子の情愛を、より表現したものです。

原句 ひそやかに歳月重ね竹落葉

「竹落葉」は晩春から初夏にかけての季語で、通常の落葉とは違い、静けさや無常をイメージさせるものです。この季語と上句・中句のしっとりとした導入で、「静かな時間の蓄積」が詩情豊かに伝わって来ます。問題個所は “歳月重ね” の処で、連用形になっているのと、言葉が詰まっていて窮屈な感じが生じています。「重ね」を「を経し」に変えることで、より文語らしく、響きも柔らかになります。

参考例 ひそやかに歳月を経し竹落葉

游々子

浮草や流水先を争はず
かしわ手を打ちて踏み入る夏の山
玉苗の命ながらふ隅の田に