添削(70)-あすなろ会(26)令和7年5月ー
遥香さん
原句 風に揺れ鈴の聞こえむ藤の花
原句は「風」「音」「花」という3つの美しい要素が組み合わされていて、ポテンシャルが高い句です。難点は原句では鈴の正体が何であるのかが不明であることと、動詞が2つ使われていることで、句に緩みが出来ていることです。この2つを解消したものを参考例1,2とします。
参考例1 藤棚に 風鈴ひとつ 風渡る
参考例2 風渡る 藤のかげより 鈴の音
もう一つ別のアプローチとして、静逸の中の藤の花を詠もうとするのであれば、要素として「鈴」は使わずに、静逸の象徴である神社での藤を詠むこともあり得ます。参考例3は神社の御簾(みす)越しに見える藤を描写したものですが、「御簾のかなたに」として奥行きを持たせています。
参考例3 風渡る 御簾のかなたに 藤の花
原句 燕の子声を残して翔び立てり
本句は燕の巣立ちを詠んだもので、「残るもの」と「去るもの」を対比した句になっています。問題は中句で使われている「て」で、これにより句が散文的になっています。「て」を使わない文型にしてみます。
参考例 声のこし 空へ飛び立つ 燕の子
原句 薫風や名も無き草も旅の友
原句は野辺の道を徒歩旅行している情景のもので、中句の “名も無き草” が句の核になっています。難点は中句の「も」で、これだと草以外にもたくさん仲間がいる、という表現になります。もう一つは “旅の友” で、これは言い古された手垢の付いた表現です。「道しるべ」に替えることで、野辺に生える草が旅の方向を示してくれている、という趣向の句になります。
参考例 薫風や 名もなき草の 道しるべ
蒼草さん
原句 夕日影瀬音に揺るる白き藤
本句は「光」「音」「花」と、それぞれが美しい三つの要素を詠んでいるのですが、三つを並列しているのでインパクトが欠けることになっています。主役を明確にし、印象を強める必要があります。
参考例1 白藤の 揺るるを染めて 夕日落つ
これは白藤が主役で、中句の措辞で余情を出したものです。
参考例2 瀬音して白藤揺るる夕日影
これは瀬音を主軸として、「白藤」と「夕日」を連動させたものです。
参考例3 夕日濃く瀬にこぼれ咲く白き藤
これは「夕日濃く」により色彩を強調し、白藤との色の対比をつけて、インパクトを強めたものです。中句の措辞の工夫も重要です。
要するに、何を「焦点(主役)」にするか、その主役を「何によって強調するか(対比、音、色、動き)」という視点で少し再構成するだけで、ぐっと引き締まった句になります。
原句 負けるなよ雨風凌げ燕の子
本句は小さきものに送ったエールの句です。原句の「よ」と「凌げ」は不要で、「雨風に負けるな○○の燕の子」という構文で、○○に何を入れるかを考えるのが良いです(参考例1)また、雨風に負ける というのは、宮沢賢治の詩にある程の、ありふれた表現内容ですから、雨風をなくして「燕の子負けるな○○の○○○○○」という構文で作句するのが良いでしょう(参考例2)
参考例1 雨風に負けるな軒の燕の子
参考例2 燕の子負けるな街の渦の中
原句 阿弥陀寺の一段ごとの薄暑かな
本句は中句の “一段ごとの” という措辞が効いていて、階段を上るたびに感じる暑さや疲労感、それと静かな時間の経過が読み手に伝わってきます。直す必要のない秀句ですが、下句を「かな」で詠嘆せず、2音を別に使うことも考えられます。
参考例 阿弥陀寺の一段ごとの風薄暑
「風」を入れることで、一段ごとの感覚が、暑さと涼の二つを趣向するものとなり、句の繊細さが高まることになるかと思います。
怜さん
原句 やんごとなき人隠れしか藤の奥
本句は「藤の奥」が、見えざる死や存在の気配を暗示しており、余韻が深いです。難点があるのは中句で、”隠れしか” は「隠れる」の文語「隠る」の已然形で、隠れたのであろうか という意味となりますが、俳句的には調べがぎこちなく、ここは連体形の「隠れし」とした方が良いと思います(参考例1)また、「隠れる」は直接的な死の表現となっているので、ここは「しのばるる」と間接性を持たせた方が、より詩的になると思います(参考例2)
参考例1 やんごとなき人の隠れし藤の奥
参考例2 やんごとなき人しのばるる藤の奥
原句 燕の子宙返りまだぎこちなく
本句は写生的で、実際の自然の一瞬をとらえたような視覚的なリアリティがあります。問題は 五五七で句を読んだときに、”燕の子” “宙返り” がともに体言になっていて、リズムが続かないことです。語順を変えて解消してみます。
参考例 宙返りまだぎこちなし燕の子
原句 この霧が育てた甘味新茶買う
本句は上句中句が、事実としての霧の役割を詩的にとらえた素晴らしい表現となっています。実際、霧は新茶の生育にとって重要(湿度・日照の遮りなど)で、それを「甘味を育てた」と表現したところに発見と詩情があります。この部分で「自然」と「味覚」が美しく結びついていて、俳句としての芯がここにあります。問題は下五で、「買う」という動詞が生活実感に近すぎて、句全体の詩的な高さを下げてしまっています。「受く」という文語の動詞を使い、その甘いお茶を今頂いているという臨場感を、前半の詩的な内容に合致させて表現するのが良いでしょう(参考例)。この参考例を怜さんの句として、句会か大会に出してみてください。きっと高得点が得られるでしょう。
参考例 この霧が育てた甘味 新茶受く
游々子
見上ぐるや深き軒端の燕の子
つづら折る山路の果ての藤の花
春の淀あかねの塔を水の面に