添削(68)-あすなろ会(24)令和7年3月ー
蒼草さん
原句 忘れ雪鈍色放つ喪の真珠
本句は、忘れ雪があった時に喪で付けた真珠を見ると、それが鈍色を放っていた、と詠んだものです。「忘れ雪」という季語は、忘れたころに降って来た春の雪のことですが、ニュアンスとしては、何かが過去に消え去った、またはその記憶が薄れていく、というものがあります。それを「喪の真珠」という美しくも切ないものに取り合わせたのはユニークさがあります。ただ問題なのは語順で、原句だと雪が鈍色を放っているとも解釈されるので、語順を変えて曖昧さを無くした方が良いでしょう。
参考例 鈍色の喪の日の真珠忘れ雪
原句 春寒や書斎に広ぐ俳宇宙
本句は中七下五で開放感のある書斎を詠んだのに対して、上五の「春寒や」には縮こまったニュアンスがあり、前後にアンバランスの感じがします。季語の春寒を活かすのであれば、中七を「書斎に広ぐ」ではなく「書斎の隅に」とし(参考例1)、中七を活かすのであれば、季語を「春寒」ではなく、「春風」「春光」「春夜」のようなものにするのが良いでしょう。
参考例1 春寒や書斎の隅に俳宇宙
参考例2 春の夜や書斎に広ぐ俳宇宙
原句 遊行期や気儘に浮くる絮たんぽぽ
上五の「遊行期」は「遊行」や「遊行者」など、流れに身を任せる存在として解釈できますが、硬い表現で、中七以下の柔らかい表現内容との不一致が感じられます。本句の生命は中七の「気儘に」という措辞にありますから、これを活かすようにした方が良いでしょう。また、中七で使用している「浮くる」は「浮かぶ」の文語の連体形ですが、普通使われていない表現を無理して使うより、平易に口語表現した方が良いでしょう。文語旧仮名を使用するのは好みの問題でしかなく、文語旧仮名にするしないが、芸術的価値の上げ下げに関係するものではありません。
参考例 風に乗り気儘に浮かぶ絮たんぽぽ
遥香さん
原句 昨夜の夢の母はまぼろし名残雪
下五で使われている名残雪は、忘れ雪と同じ春の雪ですが、ニュアンスとしては、消え去るのが名残惜しく残っている雪、という季語です。本句は夢に現れた母の幻想が名残雪のように残っている、と詠んだものですが、夢を “まぼろし” とするのは常套的であり、俳句的新味がありません。夢を雪に合わせるのであれば、雪を夢と現実を繋ぐものとして詠むことで、幻想的な句に仕上げられるのではないでしょうか。
参考例 昨夜の夢の母の賜ひし名残雪
原句 垣くぐり夜闇をくぐり猫の恋
本句は猫の恋というものを、「くぐる」という動詞を繰り返して描写したものです。はじめの “くぐり” は連用形のこのままで良いのですが、次は連用形ではなく、”くぐる” と連体形にしないと下五に繋がりません(参考例1)ただ、夜闇は「くぐる」とするよりも、その中に存在するものとして捉えた方が適切ではないでしょうか(参考例2)
参考例1 垣くぐり夜闇をくぐる猫の恋
参考例2 垣くぐり夜闇にひそむ猫の恋
原句 江の島は富士への飛び石春の海
江の島と富士山という具体的な地名を挙げることで、視覚的にしっかりとした背景が作られています。また、「飛び石」という表現で江の島を捉え、作者の立っている場所と富士との間に空間的な広がりを創り出しています。ただ、中句の8音がリズムを損ねているのが難点で、やや強引ですが7音にしてみます(参考例1)。これは「飛び石」が今まさに飛んでいるという内容になります。また富士までの空間の広がりを詠むときに、「飛び石」ではなく「春の海」に焦点を当てて詠むことも可能で、その場合は参考例2のようになります。
参考例1 江の島は富士へ飛ぶ石春の海
参考例2 江の島や富士へと続く春の海
怜さん
原句 猫の恋この闇こそが晴れ舞台
本句は、中句下句の表現が非常に印象的です。「闇」を「晴れ舞台」としたところがユニークで秀逸です。また、闇を表現するのに「この」と「こそ」で闇をはさんで、これ以上ない形で闇を強調しているのも合点がいきます。ただ、俳句というものは、”今” と “ここ” を詠むことが原則であり、たとえ作者が本句を作ったときに、闇の中の猫の鳴き声を聴いていなくても、眼前には闇があり、猫の恋がその中で演じられているとする立場でなければいけないのです。そうした時、「この」という指示する言葉が不要になってきて、別の言葉に替えることが出来ます(参考例1)また「晴れ舞台」と舞台を修飾している「晴れ」も抽象的な語句なので「舞台」だけにとどめて、猫の鳴き声のような別の語句に替えることが出来ます(参考例2)。
参考例1 猫の恋闇こそ猫の晴れ舞台
参考例2 猫の恋闇を舞台に声高し
原句 原発の無くば蕪村の海弥生
本句は、原発事故が無かったら、三月の海は蕪村が詠んだ句のように、長閑なものであったろうに、というものです。ところが俳句というものは、前句で述べたように、”今” ”ここ” を詠むことが原則となっています。従って、「もし事故がなければ」という仮定を俳句の形で直接表現するのではなく、現実の海を描きながら、その向こうにある「失われたもの」をにじませるのが、俳句での表現となります。
参考例1 春の海のたりとならぬ浜の跡
下句の「浜の跡」で津波の痕跡を表現し、中句「のたりとならぬ」とすることで、現実の海と蕪村の海との落差を表現します。
参考例2 弥生晴のたりの海の遠ざかる
事故後の海を前に、蕪村の詠んだ長閑な海が遠ざかってしまった感覚を詠む。
このように、”今” ”ここ” の海を詠むことが肝心です。
原句 啓蟄や土手うごめいて山あまた
句意は、土竜(もぐら)の活動で、土手に沢山の土竜塚が出来た、というもので、塚を山と表現したものですが、それだと山は遠くの山とも解釈されるので、はっきり塚と表現した方が良いでしょう。
参考例 啓蟄や土手うごめいて塚あまた
游々子
なにはともあれ珈琲を忘れ雪
仲春や清らを運ぶ竹送り
白梅や女人の寺の庭しるべ


