添削(67)-あすなろ会(23)令和7年2月ー
遥香さん
原句 春灯や三味の音滲む祇園路地
本句は、春の温かい灯りの中に、祇園の静かな路地に流れる三味線の音が滲み出る様子を詠み、視覚と聴覚が交わる印象を狙ったものです。また、中七で「滲む」という動詞を使い、しっとりした空気感を出そうとした工夫も覗われます(但ししっとり感を出そうとするならば春灯よりも適切な季語は他にあります。参考例1)問題なのは、祇園の路地に三味の音が流れている、という叙景では在り来たりのことを述べているだけで、意外性・発見的なものがありません。そのためには三味の音が「滲む」とか「流れる」とか「響く」のような動詞を使わずに、その字数で祇園を描写し、自然と三味の音が祇園に流れていることを伝えるようにするのが、味のある句を創る術となります(参考例2)
参考例1 三味の音のにじむ祇園や春おぼろ
参考例2 春灯や祇園は狭し三味の音
原句 落椿夕さりの日を留(とど)めけり
「夕さりの日」は、夕暮れ時の最後の光を意味し、本句は落ちた椿と夕日の美しい瞬間を捉えており、感受性豊かな句となっています。完成度の高い句で、このままでも良いのですが、椿に落ちる動作を加えることで一瞬の時間をより鮮烈に切り出すことが出来ます。
参考例 夕さりの日を留めて椿落ちにけり
原句 湖の万のさざ波余寒なほ
本句は叙景句であるとともに生活句としても読み取れます。例えば「ご近所に万のさざ波余寒なほ」のように、人間生活を暗喩しているとも読めます。句としては、さざ波と余寒が大仰でないものとして釣り合っています。本句は直しの要らない佳句です。
蒼草さん
原句 暮れてなほ艶のありけり白椿
本句は暮れてもなお白椿には艶が残っているとして、白椿の特性を詠んだものです。中句で使っている “ありけり” では、ただ艶があるというだけのことになってしまいますので、その艶がどうなっているかと詠んだ方が、インパクトの強い句になるでしょう。
参考例 暮れてなほ艶を余せり白椿
原句 京菓子の淡き紅色春きざす
本句は「春きざす」という季語に対して、残りの12音で季語を引き立てることを綴った、取り合わせの常道を行った句となっています。ただ中七の “淡き紅色” は京菓子の一般的な特徴を述べただけのことになっていて、折角の12音がインパクトに欠けるものになっています。京菓子の特徴は京菓子の一語に委ねて、余った字数は他のことに使うのが良いでしょう。
参考例1 新作の萌ゆる京菓子春きざす
参考例2 産寧の坂の京菓子春きざす
原句 薄氷の記憶の底の軋みかな
本句は非常に幻想的で独特の感覚を引き起こす作品となっています。”薄氷の記憶” とは記憶が薄氷のように薄く冷たく脆く儚いものであると述べて、過去の出来事や思い出が不確かで壊れやすいことを暗示しています。そして “底の軋み” によって、記憶の奥底に残っているものが、今なお厚い氷が軋むような音をたてて蘇ってくる、というものです。本句はこのように、記憶は薄くそして厚いものと、相反することを述べた非常に芸術性の高いものとなっていて、直しは要らない秀逸句です。ジャスト参考ですが、”記憶” の古語として「覚え」を使ってみると、より幻想性が高まるかも知れません。
参考例 薄氷の覚えの底の軋みかな
怜さん
原句 春灯や変体仮名の暖簾ゆれ
変体仮名の暖簾ということで、一瞬はっとする意外性のある佳句です。春灯の点る店は、場所として浅草や祇園を連想します。ひとつだけ難があるのは、語順が「暖簾がゆれる」となっていることで、やや説明的になっている点です。ここは語順を変えて、揺れているものは変体仮名である、とした方が説明的でなくなるでしょう。
参考例 春灯やゆれる暖簾の変体仮名
原句 棘持たぬ冬薔薇贈る古希祝い
本句は、冬薔薇が棘を持たないことに着目し、それを古希の祝いとして贈るということで、優しさや円熟した人生の穏やかさを醸し出す句となっています。問題点は “贈る” という行為と “古希祝い” とに重複感があることです。贈るという言葉を使わずに表現するのが良いでしょう。
参考例 棘なくて冬薔薇やさし古希の友
原句 一輪の椿にしなる細き枝
椿は重たっぽい花を付ける花木で、本句はそれを視線鋭く写生した佳句です。問題点は中句の “しなる” で、これは動きがある動詞なので、静的な写生のバランスを崩した感が生じます。静的な動詞に替えてみます(参考例1)また、「しなる」の雅語に「撓ふ(たはふ)」というのがあり、これも静止感のある言葉なので、これを使ってみるのも有りでしょう
参考例1 一輪の椿支える細き枝
参考例2 一輪の椿を撓ふ細き枝
游々子
春灯をひとつに夜のティータイム
長調の調べ二月の風わたる
白梅といへど花蕊(かずい)のみどりなる