添削(65)-あすなろ会(21)令和6年12月ー
蒼草さん
原句 大枯野虚空に広ぐ子の叫び
いきなり文法の話になるのですが、中句で使われている “広ぐ” は「広げる」という他動詞の古語での終止形です。ここは “叫び” に繋がる「広がる」という自動詞の古語の連体形でなければいけません。それは「広ごる」で、それを使った句は「大枯野虚空に広ごる子の叫び」となります。しかしながら、虚空は無の空のことで、寂しいイメージを持つ言葉です。そこに子供たちの声が広がっていくというのは、句のイメージが分裂したものになります。子供の声は虚空に広がるとするのではなく、消滅するというものにしなければなりません(参考例1)そうすれば枯野の寒々とした情景が深まることになります。更に言えば、子供の声は明るいもので、子供の声が向かう先は虚空ではなく、明るく青い空にした方が句は妥当なものになります(参考例2)この時の枯野は、虚子の句にあるように遠山に日が当たっていて、空は明るく青く澄んだイメージのものになります。
参考例1 大枯野虚空に消ゆる子の叫び
参考参考例2 空青き枯野に響く子らの声
原句 旅人の頬に一粒初時雨
本句は広重の浮世絵を思わせ、江戸時代を彷彿させる佳句です。しかしながら “旅人” というところが平板的な説明で、そこを “旅人” から連想されるものに替えた表現にすれば、句はもっと美しく深いものに仕上がります。
参考例1 野道ゆく頬に一粒初時雨
参考例2 杖つけば頬に一粒初時雨
原句 少年のまなざしに似て冬菫
本句は冬菫を少年の持つ清純さやはにかみに重ねたものですが、”に似て” という比喩が詩情を削いでいます。詩的な言葉を探したいものです。
参考例 少年のまなざし遠く冬菫
原句 命継ぐ冬田に光る潦(にわたずみ)
本句は、冬の厳しい中で次の季節や命へのつながりを、冬田に現れた潦に託して詠んだものです。ただ、上句の “命継ぐ” という表現は直接的な説明であるので、別のかたちで、例えば「光を拾ふ」として、命を継ぐ営みを表現してみました。
参考例 冬の田や光を拾ふ潦(にわたずみ)
原句 晩鐘の古刹揺るがす大嚏
本句は、静謐な古刹に響く晩鐘の厳かな雰囲気と、それを破るような大きな嚏という対比が面白い句です。大嚏を上五に置くと、よりコミカルさが強調されると思います。
参考例 大嚏晩鐘揺るる古刹かな
遥香さん
原句 風暗き枯野の空に一つ星
形の整った美しい句ですが、さらーっとしていて、インパクトに欠ける憾みがあります。その原因は、風・枯野・空・星と、自然界に実在するもの四つを、そのままに持って来ているからです。自然界の存在物の他に、言葉上だけで存在するものを紡ぎ出すと、詩らしくなってきます。
参考例 枯野てふ闇の器に星ひとつ
原句 大路濡らす旅の名残りの時雨かな
中句 “旅の名残” だと、後から回想している感になってきます。その場にいて時雨に遭っていることが明確になる表現が良いでしょう。
参考例 大路濡らす旅を締めくる時雨かな
原句 行く野路の光集むる冬菫
この上句の表現だと、野路に冬菫がある、ということで、それでは句の広がりが狭いです。ここは野路を行くと冬菫が光を集めて健気に育っている処に出会った、と人の動作を強調した方が、時間的空間的に広がりを持った句になります。
参考例 野路行くや光集むる冬菫
原句 畦道のただただ続く冬田かな
本句は畦道が果てしなく続いていることを “ただただ” と表現したのですが、ゆるみのある表現です。引き締まった表現にした方が良いでしょう。
参考例 畦道の尽きても続く冬田かな
原句 老ひ二人余白の多き古暦
活動予定の少なくなったシニアの夫婦のカレンダーの、記入の無い日が多くなっていることを詠んだ句です。ここは “多き” と直接的に詠まず、「白き」とでも婉曲表現した方が余情がでるでしょう。
参考例 老ひ二人余白の白き古暦
怜さん
原句 枯野急ぐ天使の梯子消えぬまに
本句は 中句の “天使の梯子” は詩的な表現でよいのですが、下句の “消えぬまに” が説明的になっています。
参考例 枯野行く天使の梯子に背押され
原句 番傘の二人は時雨楽しみて
相合傘に番傘を持ってきたのは面白い趣向ですが、”楽しみて” が説明的になっています。番傘の中の二人の動作を詠むのが良いでしょう。
参考例 番傘を傾け合ひて時雨行く
原句 冬菫探し物して一日(ひとひ)過ぎ
本句は、探し物をしていて一日が過ぎてしまったことに冬菫を取り合わせた二本仕立ての句なのか、あるいは冬菫を探して一日が過ぎたのかという一本仕立ての句なのかが明確でありません。ニ本仕立てであれば下五を “日暮るる” にした方が良いでしょう(参考例1)一本仕立てであれば、冬菫を句の中心に据える内容にすべきでしょう(参考例2)
参考例1 冬菫探し物して日暮るる
参考例2 冬菫探して歩く細き道
原句 冬田とは明日への力ためる時
原句は作者が感じたことを直接表現していますが、俳句では 冬田が “力をためている” ことを自然を詠むことによって表現しなければなりません。虚子の説く「花鳥諷詠」とはこのことを指したものです。
参考例 風眠り土の匂へる冬田かな
原句 試歩行けば[これ持ってけと] 大根ふる
面白い句です。無季の句であればこのままで良いのですが、有季の句にしてみます。
参考例 冬田打つ老農の手の大根ふる
弘介さん
原句 夜が更けて枯葉の落ちる音微か
“枯葉の落ちる” が説明的なので、”枯葉ひとつの” に変えて、落葉の孤独感や静けさを強調してみます。
参考例 夜の更けて枯葉ひとつの音微か
原句 尾瀬ヶ原山小屋はるか夕時雨
“山小屋はるか” という表現がやや説明的です。山小屋を直接いわず、読み手に想像させる手法を採ってみます。
参考例 尾瀬原に灯火ともる秋時雨
原句 掌で覆ひ愛でるや冬すみれ
中句 “愛でるや” と「や」で切っていますが、ここは切る処ではありません。”覆ひ愛でる” という表現もたどたどしさがありますので、「守る」と簡略し、余った字数で風の寒さを加えて、冬菫のたくましさを強調してみます。
参考例 風の中両手で守る冬すみれ
原句 冬の田や落ち穂取り合ひ鳥群れる
本句は動詞の数が多く、その為に句が緩みリズムが悪くなっています。”鳥群れる” を「群鳥(むれどり)」と簡潔にしてみます。
参考例 群鳥の落ち穂取り合ふ冬田かな
原句 物売りの大声届く暮の道
下五 “暮の道” では季語になっていないので「年の暮」に直します。
参考例 物売りの大声届く年の暮
游々子
時雨るるや四百年の一里塚
焔高く年の重たき除夜の鐘
縮刷の紙音淡し漱石忌