添削(64)-あすなろ会(20)令和6年10月ー
怜さん
原句 山行きのザックに去年の赤い羽根
兼題の「赤い羽根」にたいして、議員が胸に付けた羽根を詠んだ句が多い中、この句はユニークな視点で赤い羽根を詠んだ面白い句です。ただ、「去年の赤い羽根」が時間の経過を示す表現としては平板なので、色や形が変化したことを叙述した方が良いでしょう。
参考例 山行きのザックに褪せた赤い羽根
原句 爽やかや軽き一人身語る人
この句は一人でいることの自由さを詠んだもので、その中での心のゆとりを感じさせる素晴らしい句です。中句の “軽き一人身” は「一人身の軽さ」のことなので、8音になりますが、そのままに表現した方が判り易いでしょう。
参考例 爽やかや一人身の軽さ語る人
原句 雨上がり化粧直して草紅葉
この句は、雨が上がった後の新鮮な草葉が、まるで化粧を直しているかのように描写されていて、イメージがとても豊かです。草紅葉の色合いも思い浮かび、視覚的に楽しませてくれます。ただ、語順が問題で、原句では化粧直しの答えが冒頭に置かれていますので、句としての面白さを欠くことになっています。ここは下座に置いた方が、句としてストーリー性を持った引き締まったものになります。
参考例 化粧直す草の紅葉や雨上がり
弘介さん
原句 ぐずる子のすぐの笑顔やさわやけし
ぐずっていた子どもがふとした瞬間に見せる笑顔の変化が感じ取れます。この “すぐの” という部分が、「ぐずりから笑顔へと変わる瞬間」を巧みに表現していて、心情の移り変わりをうまく捉えています。変化を浮き立たせるために、「すぐ」を形容詞から副詞に代えてみます。
参考例 ぐずる子の笑顔のすぐに爽やけし
原句 赤い羽根募金呼びかけ列を成す
原句は “呼びかけ” と “成す” と動詞が二つ続いているために、リズムが悪くなっています。”呼びかけ” を省略した表現にしてみます。
参考例 赤い羽根列成す人の募金かな
原句 秋鮭やしなる釣り竿太公望
釣りする人のことを普通に太公望と称するので、下五は不要です。余った語数で、竿のしなり方を詠んだ方が良いでしょう。
参考例 釣り竿の天にしなりぬ秋の鮭
蒼草さん
原句 神在の入り日の湖や金の波
十月の宍道湖の夕景を詠んだ句です。原句は “入り日” と “金の波” を並列に置いていますが、宍道湖の入日を動的に詠んだ方が俳句として締まったものになるでしょう(参考例1)。また、「金の波」の代わりに、全く別の要素を持って来て、句に拡がりを持たせることも考えられます(参考例2)。
参考例1 神在の入日をはこぶ金の海
参考例2 神在の入日の湖や二人旅
原句 新走り父の遺愛の輪島塗
この句は、「遺愛」という言葉で父への想いを詠んだ句であり、従って中句の「の」は「や」で詠嘆しなければいけません。その為には上五と下五を入れ替える必要があります。
参考例 輪島塗父の遺愛や新走り
原句 裳裾跳ね一気呵成の竜田姫
竜田姫は秋を象徴する伝説上の女神で、一本仕立てで詠むのは難しい季題ですが、本句はそれに挑んだものです。ですが ”一気呵成” のような言葉で跳ぶことを詠もうとしても上手くいかないので、やはり竜田川の紅葉に絡ますような句にした方が良いと思います。
参考例 川を跳ぶ竜田の姫の裳裾かな
遥香さん
原句 翅たたみ石に温もる秋の蝶
この句は中句 “石に温もる” の措辞が効いた佳句です。通常温もるのは陽に当たってのものですが、陽に照らされて温かくなっている石に温もっているとしたところが、秋の静けさを言い表しています。”秋の蝶” は赤とんぼを表す秋茜の方が静けさが際立つ感じがしますが、それは些末。本句は直すところはありません。
原句 香りに酔ひ喉越しに酔ふ新酒かな
本句は “酔ひ” が酒を飲む前に香りを感じているところと、喉を通るところの二か所でリフレインさせている句ですが、リズムに難があります。その原因は、上句で、”香” ですむところを “香り” と3音を使っていることと、中句の “喉越しに酔ふ” がたどたどしい感じがあるからです。参考例1に修正してみます。”酔う” をリフレインすることが詩的にどれだけの効果がでているか不明ですので、”酔う” は一度だけの使用にしてみます(参考例2)。
参考例1 香に酔ひて喉も酔ひたる新酒かな
参考例2 香に酔ひて臓腑に沁むる新酒かな
原句 名のある花名も無き花も大花野
本句は、名の有無に関わらず、すべての花が「大花野」という広がりの中で同等に重要であるというメッセージを込めたものです。本句もリフレインさせた句ですが、前句と同じくリズムに難があります。その原因は、”花” だけでなく “名” も繰り返していることにあります。花だけのリフレインに直してみます。
参考例 大花野名のある花も無き花も
游々子
紅葉して竜田の姫の夢のあと
新酒酌む盃ひとつ欠けし夜
ひらがなの花に包まる花野かな