添削〈61〉-あす香会(17)令和6年7月ー
怜さん
原句 試歩急ぐ水蓮咲くと聞く池へ
本句の問題点は、”急ぐ” ”咲く” ”聞く” と動詞が3つ使われていることです。その数を減らす工夫をしてみます。
参考例 睡蓮の咲くとラインや試歩はずむ
原句 虫干しや捨てねばならぬ物ばかり
確かに虫干しをしてみると、不要のものが多いことに気付かされます。ただそうした「事実」を述べるだけでは俳句の妙味はありませんので、表現に「ひねり」が必要になってきます。
参考例 断捨離のことの始めは土用干
原句 五年目の夜店の金魚家族なり
この句も ”確かに” と思わせるものですが、家族同然になっていることをそのままに表現するのではなく、別表現でその気持ちを表すことが必要です。
参考例 長生きをしてね五年の金魚さん
蒼草さん
原句 睡蓮や音なき雨のささめごと
”ささめごと” とは、ひそひそ話のことです。蕪村の句に、行く春や同車の君のさゝめごと というのがあり(こちらより)、本句の ”ささめごと” は何であろうかと想像させる佳句です。”雨” を修飾する言葉は、”ささめごと” が何であるかと想像させるようなものが良いでしょう。
参考例 睡蓮や小夜降る雨のささめごと
原句 青春の己に出会ふ曝書かな
古い本を取り出してみると、青春時代が蘇ってくるものです。青春には光と陰があり、曝すものとしてそうしたものを持ってきた方が陰影の濃い句になるでしょう。
参考例 青春の陰をさらせる曝書かな
原句 すれちがふ女(ひと)の香ゆかし片かげり
上句の ”すれちがふ” は不要で、”香” に力点を置いた句にした方が良いでしょう。
参考例 女(ひと)の香のなにやら床し片かげり
遥香さん
原句 片陰を身を細うして歩きけり
この猛暑、片陰を選んで歩くという類想句は五万と出てきています。本句は ”身を細うして” に工夫が見られますが、まだ ”歩く” という言葉が残っているのが問題です。
参考例 狭き片陰人の身はなほ細し
原句 金魚掬ひ孫に見せ場の腕まくり
孫を連れての夜店での金魚掬い、情景はよく浮かびます。ただ ”腕まくり” と ”見せ” が重複しているのと、本句では季語が弱くなっていますので、別表現にしてみます。
参考例 孫にどや顔してみせる金魚掬ひ
原句 寺秘宝千年(ちとせ)絶やさぬお風入れ
歳時記での虫干しの傍題で「風入れ」というのがあります。寺社での風入れには 接頭語 ”お” を付けて ”お風入れ” として使われている例句が多数見られます。”絶やさぬ” は ”千年” に包含されていますので、冗長感があります。
参考例 千年の寺の秘宝のお風入れ
弘介さん
原句 手水鉢メダカと遊ぶ姫睡蓮
姫睡蓮は多年草の浮葉植物で、浅い水の中で生育する小型の睡蓮です。”遊ぶ” という表現が一般的なので、写生的な表現にしてみます。
参考例 姫睡蓮の根元をつつくメダカかな
原句 虫干しや総出でひろぐ寺伝の記
”総出” という表現が抽象的ですので、映像を伴う表現にしてみました。
参考例 虫干しや寺伝をひろぐ僧二人
原句 武士(もののふ)の百八やぐら草いきれ
「百八やぐら」とは、鎌倉の崖に掘られた横穴式の墳墓で、主に武士や僧侶が祀られています。本句はその墳墓に今なお鎌倉武士の息遣いが感じられる、ということを ”草いきれ” に託して詠んだものです。”やぐら” を下句に置き、”草いきれ” は中句に持ってきた方が、座りの良い句になるでしょう。
参考例 鎌倉は草いきれするやぐらかな
游々子
戦後ゼロ年の映像金魚らと
生きていれば白寿か叔父の夕蛍
水に疵つけて沈みぬ未草