山小舎だより(22)-令和6年7月6日 茅野の鉄山ー
茅ヶ崎には10日間滞在して、1週間前にこちらに戻って来ました。茅ケ崎の自宅では花鉢を100個ほど置いて夏の花を育てていたのですが、不在中の水やりが問題で、今年は夏の花の植え付けはせずに山に戻って来ました。
今季のテーマは縄文時代に通じている(と思われる)ミシャグチ神信仰の調査に置いているのですが、その前にこの地域が ”鉄” で特色づけられていることに気付き、先ずその調査から始めることにしました。
茅野市の北山の地域、一般には蓼科と謂われている処は北八ヶ岳連峰の西麓に位置し、かっての火山活動のなごりか、温泉の多い地域です。その中に鉄を含んだ湯を湧出する温泉があります。横谷温泉旅館の黄金の湯と呼ばれている温泉がそれで、含鉄泉のため酸素に触れると透明から茶褐色・黄金色に変化する温泉です。

湧き出した源泉は無色透明ですが、空気に触れると茶褐色に変色し鉄分が沈殿して黄金色の濁り湯となっています。また、この地域には「石遊の湯」という、かっての日本鋼管の鉱山の跡地に作られた露天だけの温泉があります。湯を囲むのは鉄が酸化して出来た赤茶けた岩石が使われています。

最近になって知ったことですが、茅野駅の東口には蒸気機関車が置かれています。

なんだろうと思って調べたところ、太平洋戦争中に不足した鉄を補うために、北山に鉄鉱床が開発され、露天掘りされた鉄鉱石を茅野駅にまで運ぶ経路が作られていたのでした。茅野駅から10km先までは鉄道で、そこから北山の鉱山までは索道と呼ばれる空中ロープで繋ぐというものでした。茅野駅に集積された鉄鉱石は日本鋼管の川崎製鉄所に送られ、そこで製錬するというものです。更に、その鉄道路線は戦後に廃線となり、跡地に出来たのが「ビーナスライン」であったということを知り、二度吃驚しました。
この茅野の鉄山に由来するのかどうか、諏訪地域においては銅鐸ならぬ鉄鐸が多数作られています。その一部は諏訪大社上社の宝物として現在にまで保存されています。次回はこの鉄鐸について綴ってみたいと思います。



