俳句的生活(28)-南湖院ー
関東は今日が入梅(ついり)ですが、夜半からの雨が昼前に止んだので、自転車を出して「太陽の郷」へ行って来ました。ここは私が30,40歳代のときプールに通ったところで、何十年ぶりかで門をくぐりました。当時はテニスコートもあって、太陽の郷スポーツガーデンと呼ばれていましたが、今はテニスコートは無くなっていて、太陽の郷プールガーデンと名前を変えていました。
太陽の郷は、明治32年に創設され昭和20年まで続いた南湖院の後継となる施設です。南湖院がサナトリウムであったのに対して、太陽の郷はいわゆる住宅型有料老人ホームです。現在のオーナーは、南湖院の創設者である高田畊安のひ孫になる方で、直ぐ隣にある高田内科医院は、オーナーのまた従兄弟になる方が経営されています。
戦前の南湖院の広さは5万坪で、長方形でその広さをイメージすると、800m*200mほどのものになります。南湖全体をすっぽりと包んでしまう広さではないでしょうか。現在の太陽の郷の広さは、1万坪弱となっています。添付した建物の写真は、南湖院で最初に建てられた第一病舎です。木造建築ですが、当時の姿で残っています。もう一つの写真は、太陽の郷の庭園が一部一般開放されているので、その案内版です。
次回より、南湖院で療養した人々を紹介していくことにします。意外な人が療養していて、驚きの連続です。
南湖より富士の暮雪を臨みけり



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