俳句的生活【26】-富士の暮雪ー
茅ヶ崎にも富士見町という町がある。平和町の東隣で、辻堂にほど近いところである。富士見とよばれるからには、一段と標高の高いところであるに違いないと思い、国土地理院の地図で調べてみた。標高は11mで、案の定、周辺の平和町や常磐町より、3mほど高かった。この差があれば、目の前に藁ぶきの平屋が建てられたとしても、富士は見えたに違いない。鉄砲道は西へ向かうほど標高が下がっていくのだが、例外として南湖で盛山のようなところがある。これは道路が作られる前、砂丘の上に更に砂山ができていたのであろう。
茅ヶ崎と富士山との間で、視界を遮るものがあるのかないのか、ということも調べてみた。その方法は、矢張り国土地理院の地図で、富士山頂と茅ヶ崎を直線で結び、その断面図を表示してみることである。そうすると、大井松田あたりが標高200m程度になっているだけで、あとは何もない。この200mという標高は、大井松田の位置から計算すると、富士山を600m隠すだけで、上の3000m以上は視界に入ってくるということになる。
茅ヶ崎から富士山までの距離は60kmで、東京からの距離の約半分であり、従って見え方は2倍の大きさとなる。新幹線で富士市を通るあたりが、富士山の一番大きく見えるところであるが、このときの距離が30kmなので、大きさは茅ケ崎からの2倍になっているのである。
筆者が茅ヶ崎のなかで、富士山を一番美しくみえる場所としてあげたいのは、134号線の野球場あたりからと、銀河大橋の中間あたりからである。遮るものが何もない、ということであるが、理由はそれだけではない。周辺の景観が美しいからである。京都が桜や紅葉の観光地となっているのは、ただそれらの樹木が多いということだけではない。それらが寺社などの人工物と溶け合って、より一層美しく見えることによる。野球場と銀河大橋は、そのことを実感させてくれる場所である。
上様の駒や旭日の富士の雪



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