京大俳句会(9)-第172回(令和5年6月)-
今回の兼題は「夏草、夏の草」です。
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1 葵祭馬も濡れ行く賀茂の道 のんき
馬が・人が・道が、お祭り全体が雨の中で行われているのである。かえって涼しく楽しい。(吟)
2 青黒き比叡は霧の吐息する 楽蜂
樂蜂さん得意の擬人化。「吐息」にこめているものを想像する。山全体が暗い緑に繁っている、つまり夏の霧の気配がある。(吟)
3 荒武者の相五月雨の芦屋川 つよし
『満州俳句―須臾の光芒』の著者西田もとつぐさんが創設指導しておられた「京大俳句を読む会」は、芦屋川の傍に会場があった。私は月一度そこに通った。おだやかなうつくしい川であるが、ここが氾濫した時のことを聞いた。すごかったことを聞いた。
最上川ほどの大河ではないが、この句でも「増水の川」を「擬人化」して現実のすごさを出し、併せて古句を思い出させる換骨奪胎が巧み。比喩「荒武者」が少々古いのだが。そこがかえって効果的。(吟)
4 瓜冷す水に溢るるうすみどり 遥香
新鮮な瓜はうすみどり色をしていますが、本句はそれを水の色として表現し、揺らぐ水に益々のうすみどりを強調しています。作者は今回初めての投句ですが、素晴らしい第一投となりました。(游々子)
冷やし瓜、水の涼しさを奇麗に表わしているいる。 気持ちのいい抵抗感の少ない俳句です。(吟)
5 笹の葉に夜空見上げる見えぬ彦 二宮
6 静まりて光柔らか夏至の朝 幸男
「夏至の朝」は、まだ光のかげんも特別に感じられる。灼熱の夏、というほどはまだ暑くはなっていない。(吟)
7 驟雨来ていよいよ青し夏の草 幸男
8 立ち止まり知ればいとしく夏の草 二宮
私は今テレビで話題の牧野富太郎博士と同じ、土佐出身です。博士同様に、路傍の草も、名前や生態を知ればより大きな愛着が湧いてきます。(二宮自句自解)
夏の草への愛とは、ただそこにだまって生えていることだけでいとしいですよね。これだけでは単調すぎますけど。芭蕉の「兵どもが夢の跡」のほかにはいいフレーズを思いつかない。(吟)
9 刻とまれきみは夏草ぼくは膝 武史
10 泣くな次郎花は生殖器母もだよ 武史
生まの言葉を使って比較的成功している例。母を亡くして嘆いている子供に与える慰めの言としては少々過激ですが、数多いきれいすぎる母恋俳句への抵抗という意味で、彼らしい。(吟)
11 夏草にまどろみ夢は虎優勝 嵐麿
この句の「虎」さんは、阪神タイガースの事だろう。この暑さのもとで「まどろみ」とか「夢」とかが似合うかどうか、危うい。
「虎」の詠み方にもいろいろ。古い川柳を見ていたら、「清正に当分続く虎の夢」(椎名愚仏)というのがあった。これは清正が寅退治を成し遂げ興奮して、その必死の戦いや手柄のことをおもいおこしてその後、当分は夢にまで見ている、という意味らしい。これには少々風刺と、それにことよせた人間緒信いrに対する穿ちった見方がこもっている。(吟)
12 夏草やカウベルの風渡りゆく 遥香
北イタリアのコルティナダンベッツオからドロミテへ向かう途中、思わず車を止めて見入った景色です。放牧されている牛の群れが夏草を喰む度にカウベルの音が風にのって響き渡る長閑な夏の高原の様子を詠みました。(遥香自句自解)
13 夏草や風茫茫とホテル跡 蒼草
箱根に山荘がありますが、この三年ほどコロナ、火山の爆発の影響もあり大型ホテルが閉館になることが多いです。かって華やかに人々を受け入れた場所が空き地になり夏草が茂っている様は悲しいものです。無常を感じます。(蒼草自句自解)
コロナの後の事らしいが、何も書いていないので想像できることは色々ある。だが、「茫々と」までいうのは一般的に過ぎ、そのため、奇麗だけれど平板的なうらみ(吟)
14 夏草や小鳥を埋めし跡の伸び 楽蜂
吟さんの「夏草をむしりつつ告ぐ殺傷のニュース」と通ずるかもしれない。小鳥ぐらいだとまだ詩になっているが、子猫だとちょっと怖いし、ましてや子供だとホラーの世界になってしまう。(楽蜂自句自解)
今月の作品から
瓜冷す水に溢るるうすみどり 遥香
立ち止まり知ればいとしく夏の草 二宮
余生てふ危ふきものよ濃紫陽花 蒼草
遥香様、二宮様、蒼草様。当会への初投句と自句解説ありがとうございました。それぞれ印象深いいい作品であると思いました。これからもよろしくお願いします。
15 夏草や弾痕残る水師営 游々子
本句は佐々木信綱が作詞した「水師営会見の歌」の2番の歌詞を基にしたものです。私が生まれ育った四国の善通寺という町は、弘法大師空海の生誕地ですが、戦前には第11師団の司令部が置かれた軍都でした。乃木希典はその初代師団長で、乃木神社も作られていて、住民からは乃木さんと呼ばれていました。私は祖父と父が軍人であったためか、自然とこうした歌に囲まれて育ちました。(游々子自句自解)
16 夏草をむしりつつ告ぐ殺傷のニュース 吟
「戦勝ではなく戦傷でもなく、「殺傷」であるところをくみ取ってください。(吟自句自解)
17 山毛欅の香も白き出湯も夏若し 游々子
これも、「夏若し」、これから熟す夏の気配を言いたいのだろう。「山毛欅」「出湯」が観光地の定番のシンボルなので絵になりすぎる。言葉の意味の起伏がすくないので、少し物足りない。ごめんなさい。(吟)
18 故郷は夏草ばかり父母は亡く のんき
19 保津川に嵐山映え鮎光る 嵐麿
20 病むごとし淡く蛍の点りたる 吟
蛍の光り方はどこか病的だ。(吟自句自解)
俳句というのは、何をどう書き、どう味わう表現なのだろうか。ああそうですか、と思うときと、これだけでいいんだろうか?とも思う。が、ともかく、注意してみればよみどころは多い。今回少々カラクチになったのでお許しください。
緑内障、白内障を手術したので、けっきょく左目だけでものを見る生活となったので、体力の範囲をかんがえて、文章や鑑賞は、ゆっくりゆっくり、あまり長時間は無理、長文はさけます。(吟)
21 余生てふ危ふきものよ濃紫陽花 蒼草
筆者(游々子)が ”濃紫陽花” と ”危うい” とで想起するのは漱石の虞美人草のヒロイン藤尾です。本句はそれに ”余生” というものがついているので、より一層のエロティシズムを感じます。(游々子)
「余生」や「危ふき」という言葉遣いが説明的過ぎ、その雰囲気を色の濃紫陽花が表わしているようだが、でもそう感じたときに素直に濃い紫陽花が眼にはいったのでしょうね。(吟)
22 吾が街も空家ちらほら夏の草 つよし
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