京大俳句会(4)-第167回(2023年1月)

今回の兼題は「雪関連」です。

雪

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1  ありがとうのうらに有りますしあわせが      恒雄

ヒューマンリレーションの機微がそのままうたわれている。標語みたいですね。(吟)

2  悴みて小銭握りし豆腐売り            明美

大八車に豆腐の入った桶を乗せ、「トーフ」とラッパを吹きながら町内を廻っていたおじさんがいた。ラッパが聞こえると、子供達は小銭を持たさせれ買いに出された。冬の朝も氷りそうな水に手を入れて豆腐をすくって鍋に入れてくれた。まことに懐かしい風景である。(楽蜂)

豆腐売り・・この頃でも居るのだろうか。少年でも老人でも想像できる、悴んだ手を握りしめてあげたい優しさのにじむ一句。(吟)

3  観音の指を零るる初音かな            つよし

観音像に積もった雪の雫がさらにその指から落ちる。その雫をありがたくわが掌に承ける。おりから鶯だろうか年初めの鳥の声。さすが無駄のない表現。おめでたつづきで今年も破綻なくありたいもの。(吟)

4  寒風やコロナに嚙まれて蟄居の刑         のんき


5  切妻のうだつの数に寒鴉             吟

「数の」とせずに「数に」とすることで「一匹、二匹、三匹…」と数えている様子が想像され、情景に奥ゆきが与えられている。さすがに上手の作と納得できる。(楽蜂)

樂蜂さん。名解釈をありがとうございました。鴉って屋根のてっぺんが好きなんですね。見降ろされていると、頼もしいような親しさ。(吟 自句自解)

6  ゲレンデの家族写真や冬帽子           游々子

「ゲレンデ」に対して「冬帽子」は付きすぎの感がある。が、寒いスキー場に集う家族の雰囲気を言うためには欠かせない温い肌合いの一語。(吟)

7  三姉妹出掛け寺には寒椿             幸夫


8  若冲の奇想のごとき枝の雪            楽蜂

それほど知られなかった画家、伊藤若冲を江戸時代の奇想派のとして紹介し、若冲ブームを作ったのは辻惟雄さんである。その著「奇想の図譜」(ちくま学芸書房)に若冲の「雪中遊禽図」が紹介されており、そこには池に遊ぶ鴛鴦と雪の積もった梅の枝が描かれている。その雪はスプレー缶から吹き出しような不思議な形で描かれているので、デフォルメしたものかと思っていた。しかし最近の大雪のとき観察すると、枝に降り積もった雪は、しばらくするとこのような姿になる事を発見した。奇想でもデフォルメでもなかったのである。(楽蜂 自句自解)

雪は、世界の現象をこの世ならぬ奇景に変えてしまう。若冲の奇想ならずともまるで実景である。しかし絵になった形象はあえてデフォルメされている。世界のが虚実皮膜の景であることに興味は尽きない。(吟)

9  渋滞の車列見下ろす雪の富士           幸男

富士山それ自体はいつも孤高。憐れみをもって人間界の帰省ラッシュを見降ろしている。こういう発想や叙述には、もう一つ踏み込みが欲しい。(吟)

10  十六の羅漢の声か春の雪             つよし


11  新雪に映える今朝の金閣寺           恒雄


12  坪庭のラヂオ体操雪の日も           まめ

坪庭は昔の日本家屋の真ん中にある狭い庭。毎朝そこで体操をするというレトロな生活風景。(吟)

13  道化師の拾いし石はシリウスの欠片       まめ

「道化師」と「シリウスの欠片」の取り合わせにどんな意味を与えているのか。漫画もあり詩もある。知れば、いろいろ寓話などを思いつく。(吟)

14  遠会釈そして匂も雪女郎            幸夫

あやかしの女性とは、遠くからあこがれ機嫌を損ねぬように会釈だけかわす関係がいい。さすればむしろ生身の女体の匂いすら送られてくる。この種の虚実皮膜の論が恋のよろしさ。(吟)

15  友逝きぬ大寒の雨未だ止まず          幸男


16  仲よし小道みよちゃん今日は雪のごちそう    武史

幼稚園時代のガールフレンドとの思い出。お手手つないで「雪大福」などごちそうを作っておままごと。既視感がありすぎるが軽快なメロディが聞こえそうだ。(吟)

17  なめ茸の駒打つ里の初時雨           楽蜂


18  激しさも包み隠すや朝の雪          明美


19  母送るこな雪涙のざざめ雪          蘭麿


または単に離れて暮らす親子の見送りなのかもしれないが、たぶん母と死別の追悼句に思える。粉雪が降っている、それが次第に悲しみが昂じて涙があふれさめざめとなきはじめる。粉雪と細雪(ささめゆき)は同じ意味なのであるが、「さざめ」という形容をを引き出し=「さめざめ」と別れを嘆く気もちに移ってゆく。この運びかたに嫌味ない巧さを感じさせる。(吟)

20  春は冗舌サラダ土曜日に食べよう       武史

サラダ記念日は何月何日何曜日でもいいのである。あの短歌は、日々の恣意的なることがらを公認のものにした。人と話したくなるうきうきした休日、「春は饒舌」と「土曜日」が内容的に上手く響きあっている。(吟)

21  分裂と分断無くし平和恋ゆ          蘭麿


22  夕まぐれ蛍に見まがう牡丹雪         のんき


ベンキョウにいそしんだ蛍雪時代を思い出す。イメージがパターン化されしまい思い出させすぎるところが難点でもある。が、雪の夕暮れ、あたりが暗くなって雪が白く光って見えてくる景色に改めて気が付く。季節の違う「蛍雪」のセットが美しい比喩である。(吟)

23  雪吊りや蒼天を舞ふ鳶一羽          游々子

これも風景を見事に立体化した佳作。雪吊りの円錐の頂点を真っすぐ延長した天空で一匹の鳶がゆうゆうと舞っている。当期京大俳句には鳶を詠んだ次のような作がある。(楽蜂)
  賀茂川の春風手繰る鳶かな つよし (108回京大句会)
  青嵐鳶一瞬にパン奪ふ  福田由美 (40回京大句会) 

24  柚子の雪愛でつコロナは戦禍に似て       吟


たくさんの柚子の実に雪が積もっていて冷たくていい香り、でも、ふと、戦場の死や瓦礫の陰の暮らしを思いました。その人たちにこの香りを送りたい。少しくどくなりましたが。(吟 自句自解)