俳句的生活(11)-大山街道ー

江戸時代、大山に向かう道はいくつかありましたが、代表的なものは藤沢から田村の渡しに至る田村通りです。現在この道は県道44号伊勢原藤沢線となっていて、1国を茅ヶ崎市から藤沢市に入ってほんの少しの所に、大山街道入り口という交差点があります。北へ行くのが大山街道で、南は江ノ島に通じている場所です。北への入り口の角に、今は風化してしまい、判読できなくなった石碑が置かれています。この街道の大半は茅ケ崎に属していますが、今では直ぐ傍を新湘南国道とその側道が走っており、大山街道はすっかり生活道となっています。明治期には、この街道の脇に松林村(しょうりんむら)役場が置かれていました。この頃まではまだ活気ある街道であった証拠です。幕末に参勤交代が廃止され、本陣が置かれた宿場町などは大打撃を受けたが、大山街道はその影響はなかったものと推測できます。大山への道でこのルートが人気あったのは、帰り道での江ノ島・鎌倉巡りをセットにできたからでしょう。江戸庶民が楽しんだ大山詣がどんなものであったかは、志ん生・志ん朝父子が古典落語で演じていて、ユーチューブで視聴できます。

納め太刀の肩に食い込む冷奴

大山街道入り口
大山街道いりぐちの石碑
松林村役場跡の石碑

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