俳句的生活(147)-相模川左岸用水路ー

「香川の歩み」で述べられていることですが、香川は小出川に近いにも関わらず、土地が川よりも高くてその水を利用できず、天水に頼るだけの農法では、3年に一度は旱魃に見舞われていたとのことです。国土地理院の地図で標高を調べてみたところ、小出川が5mであるのに対して、香川駅で8m、松風台では11mという結果でした。

相模川左岸の用水路は、昭和5年に起案され、15年に完成しました。掛かった費用は100万円、現在価値で30~50億円といったところです。相模原の磯部というところに堰をつくり、ポンプで水をくみ上げ、21kmの水路で茅ヶ崎にまで流そうというものです。これにより茅ヶ崎では、小出川の東側の、広い農地の大半が、恩恵を受けることになりました。

水路の途中でクロスする川が二つあります。先ず小出川ですが、川底に土管を通して、サイフォンの原理で、潜り抜けています。地表に出てきた水路は、芹沢丘陵の西の縁を通り(添付1)、駒寄川とのクロスでは、水路橋で駒寄川を横切っています(添付2,3,4)。そのあと、スリーハンドレッドをトンネルで通過し、松風台の東側を流れ、高田・室田を経て、千の川に流れ込んでいます(添付5)。

用水路沿いの、自転車走行可能な区間を走ってみましたが、芹沢以南においては、用水路の左右には、農地は皆無で、水路の直ぐ傍にまで住宅が迫ってきていました。水路からの支流は、千の川の源流(116)で取り上げた暗渠化されたもの以外、無用とばかりに、全て埋め立てられてしまったようです。昭和40年前後から始まった宅地化において、用水路の左右に遊歩道を造り、水路を蔽うように桜の木を植え、支流も鮒やメダカが生息する小川として残していれば、朝恵の松並木以上の、昭和の快挙となりえたのに、と残念でなりません。

用水の鯰現る田植かな

添付1 芹沢丘陵西縁の用水路
添付2 駒寄川を通過する用水路
添付3 用水路の地図
添付4 用水路の説明
添付5  用水路と千の川の合流点(左が用水路)