俳句的生活(143)-鴫立庵ー

鴫立庵は、京都の落柿舎、滋賀の無名庵と並び、日本三大俳句道場として、江戸時代より今に続いています(添付1)。

十八世庵主芳如の、茅ヶ崎にある句碑を三つほど紹介したので、歴代庵主の句碑がある鴫立庵を訪ね、芳如の句碑を見てきました。句碑は初代から二十二世までの22基あるのですが、芳如のものだけ、板碑ではなく塔型のものになっていました(添付2)。

春の海ささら波して遠からず

鴫立庵は、創建されて明治維新までの約170年の間に、10人の庵主が務め、明治維新から現在までの約150年間に、13人の庵主がおられます。昭和では、初めの20年間に、4人もの新しい庵主が入庵されていて、戦争の影響をもろに受けています。芳如が昭和18年に十八世となったのは、先代の十七世が、南京に派遣されるという事情がありました。

一番新しい句碑は、昨年亡くなられた二十二世鍵和田秞子のもので、今年3月の西行祭で除幕されたばかりのものです(添付3)。鍵和田先生は、芳如に次いで二人目の女性庵主です。

円位忌の波の無限を見てをりぬ

円位とは、初代庵主大淀三千風のことで、彼が建てた草庵は円位堂として、元禄そのままの建造物として残っています(添付4)。堂内には等身大の西行法師の座像が安置されていて、鴫立庵の年中行事である西行祭は、毎年三月末の日曜日に、この堂の前で行われます。平成28年の西行祭では、現在茅ヶ崎俳句連盟の事務局長をされている塚島豊光さんの句が、鍵和田先生の選で一席となりました。

西行忌砕けし波は石鳴らす

西行祭終了後、今宿のなんどき牧場で、呑舟先生を混じえて祝賀会を催したことが、つい先日のように思い起されます。

蒼天が好き大鷹の舞ふ庵

添付1 鴫立庵の俳句道場
添付2 十八世芳如の句碑
添付3 二十二世鍵和田秞子の句碑
添付4  円位堂