鬼を狩る子孫 第十話 大山詣り(10)
伊勢原から小田急で藤沢へ戻り、
嵐山は駅前でタクシーを止めた。
「大山街道の入口まで頼む」
短い指示だったが、
運転手はすぐに頷いた。
旧東海道に出ると、
道の流れが、はっきり二つに分かれる場所がある。
一方は江の島と鎌倉へ。
もう一方が、大山へ続く道だ。

タクシーを降りると、
空気の重さが、
伊勢原とはまた違った形で感じられた。
山を下りてきたはずなのに、
ここもまた、
人の流れが切り替わる地点なのだと分かる。
「同じ道でもな」
嵐山が言う。
「知ったあとに見ると、
違う顔をしよる」
一行は、
これまでの調査で何度か歩いてきた大山街道を、
あらためて辿り始めた。
以前は、
目的地へ向かうための
単なる移動経路としか見ていなかった。
だが今は、
足元の石の並び、
道幅の微妙な変化、
建物の向きが、
はっきり意味を持って迫ってくる。
「……ここ」
悠夜が足を止めた。
道が、
わずかにくびれている。
家と家の間が狭まり、
人の流れが、
自然に一列になる場所だ。
「ここ、
前の街道調査のときにも
一度立ち止まりましたよね」
真衣が言う。
「写真、
撮ってた場所だ」
蓮が思い出したように続ける。
嵐山は、
黙って周囲を見渡していた。
「せやな」
やがて、
静かに口を開く。
「人はな、
こういう場所を必ず通る」
避けられない。
せやけど、
用はない。
「立ち止まらんけど、
視界には入る」
悠夜は、
壁の低い位置に目を向けた。
以前の調査で、
落書きを確認していた場所。
今は、
上から塗り直された跡があり、
痕跡は見当たらない。
「……もう、
残ってないな」
「せや」
嵐山は頷いた。
「けどな」
壁から視線を外し、
街道全体を見渡す。
「消えとるいうことは、
一度は、
はっきり残っとった
いうことや」
真衣が、
はっとした表情になる。
「見える場所だったから、
消された……?」
「そういうことや」
嵐山は、
道の先を指さした。
「これまで街道で確認してきた落書きは、
全部、
同じ条件を満たしとる」
――必ず通る。
――立ち止まらない。
――だが、視界に入る。
「目立たせるためやない」
嵐山の声は、
落ち着いている。
「 “気づく人だけが気づく”
場所や」
悠夜の脳裏に、
今日、雨降り神社下社で見た
柱の陰が浮かんだ。
人は必ず通る。
だが、
誰もそこを目的にはしない。
「……同じだ」
悠夜は、
無意識に口にしていた。
「街道でも、
山でも」
嵐山は、
その言葉を待っていたかのように
頷いた。
「せや。
印はな、
場所そのものやのうて、
人の流れに残されとる」
蓮が、
少し考えてから言う。
「じゃあ……
次は、
その流れが
一番強くなる所?」
「ええ勘や」
嵐山は、
珍しく即答した。
「街と山が、
一番近づく所や」
悠夜は、
胸の奥がざわつくのを感じた。
街道の図が、
頭の中で広がっていく。
大山街道入口。
伊勢原。
御師の宿。
こま参道。
下社。
その途中に、
ずっと引っかかっていた場所がある。
「……水路」
悠夜が言った。
「街道と、
水が交わる所」
嵐山は、
ゆっくりと笑った。
「やっと、
そこに来たな」
蛇。
水。
山の神。
「次は、
そこを当たる」
嵐山は歩き出す。
「落書きを描いた人間はな、
自分が立つ場所を、
ちゃんと選んどる」
悠夜は、
一歩遅れて歩きながら思った。
これは、
ただの悪戯ではない。
助けを求める声が、
人の流れに託され、
街と山の境目を、
静かに辿っている。
調査は、
いよいよ
場所から、人へと、
踏み込もうとしていた。


