連句(38)

連句(38)『風冴えての巻』
令和8年1月11日(日)~1月13日(火)
連衆  典子 後藤 游々子 二宮 紀子

今回の連句よりコメントとして自句自解をつけています。

発句)    風冴えて大和三山明けゆけり        典子

暖かくなったら、大和三山の見えるところに行ってみたいと年始から思うようになり、その地から始めさせて頂きました。

(脇句)    遠き甍に差し来る茜            後藤

東大寺の大きな屋根をイメージして

(第三句)   春の坂御寮は馬にうち乗りて        游々子

第三句は前の二句から離れてジャンプする座です。絵巻物語的にするために、草枕の画工が峠の茶屋で聞いた噂話を素材にしてみました

(第四句)   ゆらゆら行けば桃の花咲く         二宮

草枕で桃源郷を思いました

(第五句)   嬰児の愛しき寝息春の月          典子

桃の花からひな祭り、子どもを連想しました

(第六句)   ちゃぶ台に載る鯉の味噌漬け        游々子

母親が嬰児の寝かせで夕げの席を立ったので、ちゃぶ台には未だ料理が残っているという庶民の生活を詠みました

(第七句)   水亭を眺め前撮り華燭の典         紀子

仁徳天皇陵の陵域に日本庭園があります。そこの池に建つ四阿には美しい錦鯉がいるのです。その水亭では、結婚式の前撮りが行われていて、良く可愛い新郎新婦の姿を見掛けます

(第八句)   飛び出し湧いて小さき虹も         二宮

噴水で涼みながらのつもりです

(第九句)   モネの絵の葉書に託す恋心         典子

7句8句と水辺の涼しげな印象で、モネの絵が思い浮かびました

(第十句)   真間の手古奈の姫物語           後藤

万葉時代へジャンプです

(第十一句)  人もまた銀河の中の一雫          紀子

万葉の遠い世から、遥かな星空に思いを馳せて

(第十二句)  ギリシア神話の頁を捲り          典子

11句の銀河よりギリシア神話を思い浮かべました

(第十三句)  ファド聴いて戻る坂道月天心        後藤

ギリシャからポルトガルへ飛びました。

(第十四句)  ホノルルに着き歓迎のレイ         紀子

ファド知らなくてググりファドダンスを見ました。そこからフラダンスを思いハワイへ

(第十五句)  鳥や星さきがけにしてポリネシア      二宮

ポリネシア人は鳥の飛ぶのを見てその先に島があると考えて移住したと聞きました

(第十六句)  聖地となれり膳所の義仲寺         游々子

前句の鳥より毎年夏に琵琶湖で行われている鳥人の飛行大会を連想し、更に昨年春に訪れた義仲寺の芭蕉庵を思いだしました

(第十七句)  花衣二重太鼓に帯締めて          典子

いつか着物を着て石山寺の桜、義仲寺など巡ってみたいです

(第十八句)  春爛漫の歌舞練場へ            紀子

着物から祇園の都おどりを思いました

(第十九句)  昼の部のはねて銀座の春一番        後藤

歌舞伎座へ場所を移しました

(第二十句)  切絵図にみる江戸の界隈          游々子

歌舞伎座のある東銀座の辺りを江戸の切り絵図で見てみると、晴海通りは運河になっていて、有楽町の名前も、織田信長の弟である茶人の有楽斎の屋敷があったことから付けられた事が判りました

(第二十一句) 上野山美の表現を集う人          二宮

上野は明治に開発の計画があったのを、お雇い外国人の意見で残され公園となったと聞いたことがあります

(第二十二句) パンダ二匹の返還近し           典子

和歌山白浜に続いて上野のパンダも1月下旬に返還のようで残念です

(第二十三句) 総理の言は桂香戻らざる如し        游々子

高市総理の台湾有事の言で中国から執拗な攻撃を受けていますが、総理が一度発した言は重く、将棋の桂馬や香車の動きと似ている様に思います

(第二十四句) 成人の日の決意新たに           典子

今日は成人の日。若い人達が未来に希望が持てる世の中であって欲しいです

第二十五句) 孫に宛てメニーハッピーリターンズ     後藤

つい先日、孫の1人の誕生日にメールをこのように送りました

(第二十六句) 登る山路見晴らし目指し          二宮

若いって素晴らしい。この頃思うこと多い。僕には去りしはるか昔

第二十七句) 平八の茶屋で酌みたし菊の酒        游々子

前句より「高きに登る」という重陽の季語を連想したのですが、“登る” が重なっているために使えず、代わりに菊酒を持って来て、それを平八茶屋で酌んでみたいとしてみました。平八茶屋とは洛北高野川沿いの料亭で、明治四十年に『虞美人草』の取材で京都に来ていた漱石を虚子が連れ出した処です。虚子は漱石に、京都へ来て寺ばっかり巡っていては駄目だと、その夜は祇園の歌舞練で都をどりを見物し、その足で一力茶屋を訪れています

(第二十八句) I love you を月が綺麗と          紀子

漱石がこう訳したとか。。。。。

(第二十九句) 秋祭りだんじり担ぐ地域愛         二宮

近畿瀬戸内の祭りには感心しますね

(第三十句)  待春の海より遠汽笛            紀子

泉州の祭りを、そこから茅渟の海を、そして泉大津の港からフェリーが出て、私の家まで、風向きによっては夜8時に出港の汽笛が聞こえるのです

(第三十一句)  懐かしき名なりコルチナダンぺッツオ    後藤

前の句とのつながりありません。近々開かれる冬季オリンピックの開催場所、遥か昔にここで同じようにオリンピックが開催されました。その頃のことが思い出されてのことです

(第三十二句) マルタの人の多彩バカンス         二宮

マルタはストリートピアノのTV番組で見ただけですが。人々の交差点と思いました

(第三十三句) 山小舎にポンと弾けるコルク栓       游々子

連想のチェーンが長いのですが、マルタ→カルタゴ→ポエニー戦争→アルプス、 から山小舎に至り、そこでの宴を詠んでみました

(第三十四句) 堆肥の湯気のかげろひ絶えず        後藤

そろそろ終わりに近いので、発句の奈良に戻って、寒明けの様子を想定して詠んでみました

(第三十五句) 遠路より海路空路の花の旅         紀子

前句と繋りはないですが、楽しいイメージになるようにしました

(挙句)    ふるさとの家ひとここちつく         二宮

僕は育ちが良くなく、コンプレックスも多かった。故郷の家も懐かしくはない、そういう家のある人の気持ちを想像してみました

以下はChatGPTによる講評です。

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拝読しました。
全体として、場面転換の大胆さと、連衆それぞれの「見たい世界」がよく響き合った一巻だと思います。自句自解がすでに丁寧なので、以下では

  • 巻全体の構成・流れ
  • 特に効いている点
  • 気になった点(改善余地というより「読みどころ」)

を中心に講評します。


① 巻全体の印象・構成

■ 発句から脇・第三句まで

発句

風冴えて大和三山明けゆけり

は、格調があり、時間(明け)と地理(大和三山)を同時に提示する安定した立ち上がりです。
脇の

遠き甍に差し来る茜

も、視線が下り、朝の光が具体化して、脇として非常に正しい働きをしています。

第三句で

春の坂御寮は馬にうち乗りて

と、物語世界へ大きく跳んだのは成功。
「御寮」「馬」という語が、発句・脇の写生世界を断ち切り、連句らしい断絶=ジャンプを明確に作っています。


② 中盤(第四句〜第十六句)の展開

この巻の大きな特徴は、
「水 → 絵画 → 神話 → 音楽 → 世界移動」
という連想の長い航路です。

■ 桃源郷〜水辺(第四〜第九句)

第四句〜第九句は、イメージの連鎖がとても滑らかです。

  • 桃の花
  • 嬰児
  • ちゃぶ台
  • 水亭・噴水
  • モネの葉書

と、私的空間 → 公的空間 → 芸術へと自然に移行しています。
特に

嬰児の愛しき寝息春の月
ちゃぶ台に載る鯉の味噌漬け

の取り合わせは、時間の止まったような家庭の気配がよく出ており、連句の中の「呼吸点」として効いています。

■ 万葉から宇宙へ(第十〜第十二句)

真間の手古奈の姫物語

で古代に飛び、

人もまた銀河の中の一雫

で一気に宇宙へ拡張する流れは、やや大きな跳躍ですが、嫌味がありません
これは第十一句が「説かずに比喩で止めている」ためで、哲学臭が出ていないのが良い点です。


③ 海外連想の連なり(第十三〜第十五句)

このあたりは、この巻の個性が最も強く出ている部分です。

  • ファド
  • ホノルル
  • ポリネシア

と、音楽・踊り・移動の文化が一本の線でつながっています。

鳥や星さきがけにしてポリネシア

は、説明的になりがちな題材を、よく一句に収めています。
「さきがけにして」が効いていて、知識句に落ちていません


④ 義仲寺以降の「日本回帰」(第十六〜第二十句)

聖地となれり膳所の義仲寺

ここで日本に戻したのは、巻の呼吸として正解です。
以降、

  • 着物
  • 歌舞練場
  • 銀座
  • 江戸切絵図

と、時代と場所を折り畳む展開が非常に連句的。

特に第二十句

切絵図にみる江戸の界隈

は、前句を受けつつ「見る方法」を変えており、連句の「視点転換」の好例です。


⑤ 現代性の挿入(第二十一〜第二十六句)

この巻のもう一つの特徴は、現代社会を恐れず入れていることです。

  • 上野の美術
  • パンダ返還
  • 総理発言
  • 成人の日

と、時事が続きますが、どれも一句一句が軽く、重苦しくなっていません。

総理の言は桂香戻らざる如し

は、比喩の選び方が巧みで、政治句でありながら連句として成立しています。


⑥ 終盤(第二十七句〜挙句)

■ 漱石・月・秋祭り

I love you を月が綺麗と

は、よく知られた話ですが、前後の文脈(漱石・平八茶屋)を踏まえており、安易さを感じさせません

秋祭りだんじり担ぐ地域愛

ここで一気に身体性が戻り、

待春の海より遠汽笛

で音と距離が出て、終盤に向けて静まっていきます。

■ 挙句

ふるさとの家ひとここちつく

自解を読んでなお、よく抑制された挙句だと感じました。
「懐かしい」「温かい」と言わず、「ひとここちつく」で止めたのが見事です。


総評

  • 跳躍の大きさ:非常に大胆だが、破綻しない
  • 知識の扱い:説明に落とさず、句として立たせている
  • 現代性:恐れず入れつつ、連句のリズムを壊さない
  • 終わり方:静かで余韻がある

全体として、

「世界を旅し、また家に戻る巻」

として、よくまとまった一巻でした。

もし次に手を入れるとしたら、

  • 海外連想部分(第十三〜第十五句)をもう一段だけ短くする
  • 現代時事部分の連続を一息置く句で区切る

その程度で、完成度はさらに上がると思います。

とても読み応えのある連句でした。