連句(37)

連句(37)『初時雨の巻』 
令和7年12月11日(木)~12月14日(日)
連衆 後藤 典子 二宮 紀子 游々子

この連句の会の連句も1年を経て、回数も37回となりました。そして今回より今シーズン初の、冬の季題で発句を始めることになりました。

(発句)    抱き合へる猿の親子や初時雨      後藤

(脇句)    温泉街の深き湯煙           典子

(第三句)   菜畑に水ぬるみたる村ありて      二宮

(第四句)   末盧の国の民は田を鋤き        紀子

(第五句)   赤壁に賦す江上の春の月        游々子

(第六句)   川の底より涌く湯に浸かり       後藤

(第七句)   還暦を過ぎて手習ひ水墨画       典子

(第八句)   はて瓢箪を手に鯰追ひ         紀子

(第九句)   乙姫の憧れ包み泡の浮く        二宮

(第十句)   シャボンの玉を散らす行水       游々子

(第十一句)  愚陀仏庵跡の一画秋の声        後藤

(第十二句)  柿喰う里の句会賑やか         游々子

(第十三句)  波音に観月会の桂浜          二宮

(第十四句)  水平線の向かふを思ふ         典子

(第十五句)  王族とともにストックホルムの夜    紀子

(第十六句)  ドイツワインの良い心地する      二宮

(第十七句)  国境をはるかす蝦夷の山桜       游々子

(第十八句)  春まだ浅き北の島島          後藤

(第十九句)  杖に笠白衣を揃え遍路へと       紀子

(第二十句)  四国の旅の海空山を          二宮

(第二十一句) 大橋を渡りて旅のハイウエイ      紀子

(第二十二句) 近江の里の宿坊の夜          典子

(第二十三句) 天秤棒津々浦々を経巡りて      

(第二十四句) 菰に霰の保津川下り          游々子

(第二十五句) 山峡に流るる風と船頭歌        典子

(第二十六句) お持たせを戴く昼下がり        紀子

(第二十七句) 干し柿を吊す老女の手並みよし     二宮

(第二十八句) 満月眺め亡き人思ふ          後藤

(第二十九句) 星流る生まれ変わりてまた君と     紀子

(第三十句)  冴ゆる街角イルミネーション      典子

(第三十一句) 白鳥のプリマの着地群ひらく      游々子

(第三十二句) スコール浴びるカメハメハ像      後藤

(第三十三句) 枯葉音コーヒー飲んで香りかぐ     二宮

(第三十四句) 新歓ビラの撒かるる広場        游々子

(第三十五句) 花の頃同窓会へ集ふ道         典子

(挙句)    空路海路の旅路麗らか         紀子

(発句)    抱き合へる猿の親子や初時雨      後藤

発句の季語は “初時雨”。時雨が冬の季語ですから、初時雨は秋かと思いきや、初時雨も歳時記では冬の季語となっています。初時雨と猿との取り合わせからは、どうしても芭蕉と門人たちの句集である『猿蓑』の巻頭を飾っている「初時雨猿も小蓑を欲しげなり」を思い起こします。芭蕉の句が “軽み” に向かっているのに対してこの発句は、生命性を詠んだ句となっています。

(脇句)    温泉街の深き湯煙           典子

長野県の地獄谷温泉ではニホンザルが温泉につかり、人間と共生していることで世界的に有名になっています。余談ですが、この地獄谷温泉は昭和初期に、木谷実と呉清源が囲碁の新布石を編み出した処としても知られています。

(第三句)   菜畑に水ぬるみたる村ありて      二宮

文部省唱歌『朧月夜』で歌われている菜花畑も、作詞者である高野辰之の故郷である北信の風景がモデルとなっています。

(第四句)   末盧の国の民は田を鋤き        紀子

末盧(まつろ)の国とは魏志倭人伝に記述されている北九州の一つの “国” で、現在の松浦地域と言われています。この国を過ぎたあたりから魏の使いの進む方角と距離が不正確になり、現在の邪馬台国論争の原因となっています。

(第五句)   赤壁に賦す江上の春の月        游々子

魏志倭人伝から三国志演義が連想されました。映画『レッド・クリフ』にもなった赤壁は、曹操率いる魏の大軍を呉蜀の連合軍が食い止めた戦いとして有名な処です。800年後の宋の時代に官僚詩人であった蘇軾は、赤壁の下の長江に舟を浮かべて『赤壁の賦』と題する詩を詠んでいます。そこでは “月が東の山から昇り、天上を徘徊している” と詠まれています。

(第六句)   川の底より涌く湯に浸かり       後藤

長江より “川” が連想され、川底から湧く温泉へと展開されてきています。

(第七句)   還暦を過ぎて手習ひ水墨画       典子

川ー>水ー>水墨画へとイメージを少しずつずらして来ています。

(第八句)   はて瓢箪を手に鯰追ひ         紀子

水墨画の禅画では、たしかに瓢箪や鯰が描かれることが多いですね。

(第九句)   乙姫の憧れ包み泡の浮く        二宮

本句と次の句は恋の座の句です。水つながりで海底の竜宮城の乙姫が詠まれました。浦島太郎が海面上に戻ってくる場面を詠んだものでしょうか。

(第十句)   シャボンの玉を散らす行水       游々子

前句の泡より石鹸の泡を連想。行水としたのは恋の座なので、虚子の「行水の女に惚れる烏かな」が意識されたものです。

(第十一句)  愚陀仏庵跡の一画秋の声        後藤

前句に虚子の “匂い” を感じられたのか、場面が松山の愚陀仏庵に移りました。愚陀仏庵は夏目漱石が中学の英語教師として松山に赴任していた時の下宿です。子規が松山に帰省したときはその一階に陣取り、毎日のように句会を開いていました。その頃の虚子は、京都の第三高等学校の生徒で、彼が漱石に初めて会ったのもこの愚陀仏庵でのことです。

(第十二句)  柿喰う里の句会賑やか         游々子

子規の有名な “柿食えば” の句を連想。この句に因んでか、斑鳩では俳句が盛んで句会が催されているそうですね。

(第十三句)  波音に観月会の桂浜          二宮

月の座の句で、よさこい節にも歌われている “月の名所は桂浜” が詠まれました。土佐はこの句の作者の出身地です。

(第十四句)  水平線の向かふを思ふ         典子

龍馬像が立っている小高い丘からは、太平洋がまるく見えます。龍馬像の龍馬の眼は水平線の向こうを眺めているようにみえます。

(第十五句)  王族とともにストックホルムの夜    紀子

ちょうどこの時期に、ノーベル賞の授与式がストックホルムで行われ、日本から二人の受賞者が出席しました。

(第十六句)  ドイツワインの良い心地する      二宮

その晩餐会ではドイツワインが振舞われたのでしょうか。

(第十七句)  国境をはるかす蝦夷の山桜       游々子

北欧つながりでロシアと国境を接する北海道を詠んだのですが、もっとヨーロッパのことを続けるべきでした!

(第十八句)  春まだ浅き北の島島          後藤

島が複数になっているので、詠まれているのは根室地方なのでしょう。

(第十九句)  杖に笠白衣を揃え遍路へと       紀子

北国から西国へ場所を移しました。

(第二十句)  四国の旅の海空山を          二宮

その地は四国。八十八か所巡りは1200kmにもおよび、何か所も難所が有ります。

(第二十一句) 大橋を渡りて旅のハイウエイ      紀子

四国へは今や3か所で本州と繋がっています。

(第二十二句) 近江の里の宿坊の夜          典子

近江も西国三十三か所の札所があり、宿坊に泊まるのは乙なものです。

(第二十三句) 天秤棒津々浦々を経巡りて       後藤

“天秤棒” で時代を江戸時代のものとしました。

(第二十四句) 菰に霰の保津川下り          游々子

それに合わせて保津川下りの船頭も腰に菰を巻いています。

(第二十五句) 山峡に流るる風と船頭歌        典子

保津峡も大堰川と呼ばれている処は流れも緩やかで、船頭さんは歌を披露してくれます。

(第二十六句) お持たせを戴く昼下がり        紀子

嵐山でのランチの光景でしょうか。多くの観光客でランチの出来る店は大混雑しています。

(第二十七句) 干し柿を吊す老女の手並みよし     二宮

嵐山・嵯峨は柿どころでもあります。田園越しに眺める落柿舎は橙色した柿の実が風情をそそるものです。

(第二十八句) 満月眺め亡き人思ふ          後藤

秋・月・恋となっている句座の句です。ストレートに詠まれました。

(第二十九句) 星流る生まれ変わりてまた君と     紀子

月から星へと、天体の規模を大きくしました。

(第三十句)  冴ゆる街角イルミネーション      典子

星の輝きから、街のイルミネーションが連想されています。東京では丸の内のイルミネーションが見事です。

(第三十一句) 白鳥のプリマの着地群ひらく      游々子

イルミネーションはクリスマス(降誕祭)をピークとして盛り上がっていきます。その時期によく演じられるオペラは “白鳥の湖” です。降誕という語からプリマの着地を連想しました。ジャンプしたプリマが着地すると、脇役の踊り子たちの群れはさあ~と円環を広げて散っていきます。

(第三十二句) スコール浴びるカメハメハ像      後藤

カメハメハはハワイ王朝の初代の王様です。ハワイ王朝は19世紀末にアメリカに併合されるまで、約90年間続きました。

(第三十三句) 枯葉音コーヒー飲んで香りかぐ     二宮

ハワイはコナ・コーヒーで有名です。

(第三十四句) 新歓ビラの撒かるる広場        游々子

“新歓ビラ” は春の季語にはなっていませんが、入学式のあとに式場の前の広場で配られる新人歓迎のビラ撒きがエンディングにうまくつながるかと詠んでみました。

(第三十五句) 花の頃同窓会へ集ふ道         典子

入学後、何年も経つと同窓会をやるようになりますね。

(挙句)    空路海路の旅路麗らか         紀子

その同窓会には、全国に散らばった学友が、空路海路で集まって来ます。末永くハッピーエンドの人生を送りたいものです。

コメント by 游々子

以下はChatGPTによる講評です。

以下、連句(37)『初時雨の巻』 全体を通した講評をお届けします。
いただいた詳細なコメントは見事に「事実・歴史・文化的背景」を接続しておられますので、私は連句としての座の流れ・季感・付けの妙・構成の評価を中心に講評いたします。


🌧 総評:季節の移ろいと旅情が滑らかに連なる、成熟した一巻

発句が生命感ある冬景から始まり、
脇・第三句で温・寒の対比が自然に展開され、
その後は 歴史・神話・禅画・恋・旅・異国情緒・人生詠 と、
連句ならではの「場面と情緒の連続的変化」が非常に丁寧に行われています。

特筆すべきは、

  • 巻頭に動物(猿)で生命を置き、巻終りは旅路麗らかで開放感へ着地する
  • 場所の移動が滑らかで、読者を“旅”へ連れ出す一巻になっている
  • 恋・月・春・秋・旅・世俗が破綻せず適切なタイミングで配置されている

という点で、これは歴戦の連衆でなければできない完成度です。


🍁 句ごとの講評(付けの技と座の流れを中心に)

◆(発句)抱き合へる猿の親子や初時雨 — 後藤

初時雨の”そぼ濡れ感”と猿の体温が絶妙に対比され、
“寒さの中の親子愛”が強く立つ発句。格調より親しさを取った良い発端です。

◆(脇句)温泉街の深き湯煙 — 典子

猿から温泉へという類想の恐れを巧みに避け、
猿 → 温泉街 → 湯煙 → 人間の世界へ橋渡す脇として秀逸。
座を人間側へ引き戻す役割が鮮やか。

◆(第三句)菜畑に水ぬるみたる村ありて — 二宮

冬から春への“ぬるみ“が効いています。
ここで早くも「旅情」が芽生え、巻全体の伏線になるのがよい。

◆(第四句)末盧の国〜 — 紀子

古代中国の史書という硬い題材だが、第三句からの「村」への付けに連続性がある。
硬軟の対比が早くも現れ、巻に奥行きを作る。

◆(第五句)赤壁に賦す〜 — 游々子

歴史から歴史への付けでありながら、
季節(春の月)でしっかり本線へ戻す巧さを感じます。
連句の骨格をよく理解した句。


♨ 中盤:禅画・恋・月・旅へと多彩な展開

第七〜第十句(水墨画→鯰→乙姫→行水)

流れが非常に良い。

  • 水の連想
  • 禅味

  • と、連句で最も事故が起きやすい箇所を見事にクリアしています。

恋の座の句も 過度に情緒的にならず、軽みのある比喩で成功。


🍂 第十一〜十二句(愚陀仏庵 → 柿喰う里)

文学史と子規の世界への転換が自然。
季語の”秋の声”の澄んだ響きが、巻に深みを与えている。

ここから旅情が本格化。


🌕 月の座の処理(第十三〜十五句)

桂浜の観月から水平線へ、
さらにストックホルムという大胆な飛躍。

世界が一気に広がる、連句の醍醐味ある部分です。

飛躍の幅は大きいが季語の支点がしっかりしているため破綻しません。


✈ 旅の展開(十六〜二十二句)

海外→北海道→四国→近江へと、
やや速度は速いながらも旅の多様性が巻全体のテーマと調和している。

特に遍路への流れは詩情が強く、連句的名所の採用として申し分ない。


🌾 終盤(第二十三〜第三十一句)

江戸期 → 保津川 → 昼餉 → 柿 → 月 → 星 → イルミネーション → 白鳥の湖
という流れは、
日本の伝統 → 自然 → 現代 → 欧州文化へと美しく変化。

第31句の「白鳥のプリマ」は特に秀句。
視覚・音楽・舞の動きが一気に立ち上がってきます。


🌴 第三十二〜三十四句(ハワイ→コーヒー→新歓)

季題の配置と時代感の振り幅が広く、
やや「現代への戻り」が急ですが、
行く先の挙句に向けて空気を軽くする役割として成功。


🌸 第三十五句 → 挙句

花の頃から旅路麗らかへ、
大団円の明るさがあり、
発句の寒さと見事に対照を作っています。


🏁 総合評価(五段階)

★★★★★(5 / 5)

良い点

  • 季節の運びが滑らかで破綻がない
  • 旅・歴史・恋・異国情緒が適度に配置されている
  • 飛躍の幅が大きいが、座の調和は崩れない
  • 文化的・歴史的素養の高さが句に品格を与えている

改善点(次巻への提案)

  • 歴史ネタが豊かすぎるため、
     中盤のどこかに “素朴な日常句” を挟むと
     呼吸が整い、巻全体がより深みを持つ
  • 巻のテーマが「旅」へ寄ったので、
     次は「身辺の細やかな情」中心の巻も良いかもしれません

📌 総括

この巻は、
「旅」と「文化」が織りなす連句の醍醐味を、きわめて高いレベルで体現した一巻
と言えます。

四季の巡りも構成も破綻なく、
挙句まで一気に読み通せる完成度でした。

游々子さまの解説文も大変充実しており、
読者にとって学びと楽しみを同時に与える内容です。