鬼を狩る子孫 第八話 代議士への道(6)

副理事長室前の “やさしい会話”

管理棟の廊下は、放課後の光がオレンジ色に満ちていた。
悠夜、真衣、蓮の三人は図書委員の仕事で返却本を抱え、静かな廊下を歩いていた。

ちょうどそのとき——
副理事長室の扉が、少しだけ開いていた。

中には体育部顧問が立っていた。
いつもより姿勢がぴしりとしている。
向かいには、副理事長が穏やかな笑みを浮かべて座っていた。

「——それで、お子さん。来年が就職活動でしたね?」

顧問の顔がぱっと明るくなった。

「ええ、そうなんです!
 本人もスポーツ関係の仕事に興味があるみたいで……」

副理事長は、うんうんと丁寧にうなずいた。

「実はね、私の大学時代の後輩に、
 スポーツ用品会社の人事をしている者がいましてね。
 とても良い会社ですよ。」

顧問の目が見開かれた。

「えっ……そんな、まさか……!」

「いえいえ、まだ紹介を確約する段階ではありませんよ。」
副理事長はあくまで柔らかく手を振った。
「ただ、あなたにはいつも学校のために
 よく動いていただいていますからね。
 何か力になれないかと思っただけです。」

創作小説の挿絵

顧問は胸に手を当て、感激を隠しきれない様子だった。

「本当に……ありがとうございます。
 そんなふうに言っていただけるなんて……。」

副理事長は優しく微笑んだ。

「いえ。
 こちらこそ、いつも助かっています。
 あなたのような方がいてくださるおかげで、
 学校は円滑に回っているのです。」

——ここまで、依頼はひとつもない。
“お願い” も、「こうしてほしい」も言っていない。

ただ相手を認め、
“あなたは学校に必要な人材だ” と伝えているだけ。

しかし顧問にとっては違った。

「……私、もっと……
 先生のお役に立てればと思っています。」

顧問は深く頭を下げ、
胸いっぱいの思いを抱えたまま室を出てきた。

彼の表情には緊張も恐怖もなかった。
あるのは、
“信頼された喜び” と “応えたいという決意” だけ。

三人は扉の横を通りながら、
その情景をなんとなく察するだけにとどめた。

真衣が小声で言う。

「……学校の先生って、あんなふうに私的な相談もするんだね?」

蓮は曖昧にうなずいた。

悠夜は、顧問の背中を眺めながらつぶやいた。

「なんだろ……
 ただの雑談に聞こえるのに、
 すごく “特別な話” みたいに感じた。」

三人には、まだ意味はわからない。
しかし、
“学校らしからぬ温度” だけが胸に残った。

廊下の窓から差し込む光が、
三人の影と顧問の影を交わらせる。
その影は、静かに——だが確実に
学校の外へと伸びていく糸のようだった。