連句(35)

連句(35)『秋惜むの巻』
令和7年11月11日日(火)〜11月13日(木)
連衆  紀子 二宮 典子 游々子 後藤

(発句)    秋惜む丹波の城の天守台        紀子

(脇句)    盆地の空に鰯雲みる          二宮

(第三句)   海沿ひの棚田に小鳥の舞ひ降りて    典子

(第四句)   九郎渡りし韃靼の峡          游々子

(第五句)   鉦太鼓祭り前夜の裏通り        後藤

(第六句)   夏座布団の積まれし座敷        典子

(第七句)   丹波杜氏摂津の宮水酒に変え      二宮

(第八句)   彌十郎なる初代執権          游々子

(第九句)   ジェラシーに悪女と化せしその昔    紀子

(第十句)   十八番の歌は中島みゆき        典子

(第十一句)  神保町軒並み本屋消え失せて      後藤

(第十二句)  スマホ手にカレー食ぶ学生       紀子

(第十三句)  しばらくは開かぬ赤門冬の月      典子

(第十四句)  ビルの谷間を寒風速し         二宮

(第十五句)  不死鳥の影ガス灯の街銀座       游々子

(第十六句)  留学先はロンドンと決め        典子

(第十七句)  桜舞ふ本初子午線越えて舞ふ      紀子

(第十八句)  浦曲の波をアサギマダラ来       二宮

(第十九句)  江ノ島の風に乗りたる鳶うらら     後藤

(第二十句)  クルーズ船の立ち寄る港        典子

(第二十一句) 悠久のとき祈り眠れるエーゲ海     游々子

(第二十二句) 豊かな腰の古代ビーナス        後藤

(第二十三句) 厳かにパレード進む巴里祭       典子

(第二十四句) 自由の女神涼しニューヨーク      紀子

(第二十五句) 海越えて恋して得たる新天地      二宮

(第二十六句) 獨逸の乙女鴎外を恋ひ         後藤

(第二十七句) 溺愛の娘は父が大好きで        典子

(第二十八句) 野球知らずも翔平のファン       後藤

(第二十九句) 長々と烏鷺に興じる菊の月       游々子

(第三十句)  隣の柿に目玉風船           二宮

(第三十一句) 粧ひし山に獣の数多なる        紀子

(第三十二句) コタンの空を焦がす篝火        游々子

(第三十三句) みちのくのイザベラバード馬に乗り   後藤

(第三十四句) まこと小さき国の秘境に        紀子

(第三十五句) 夙川に苦楽のありでファンタジー    二宮

(挙句)    花はくれない柳はみどり        游々子

(発句)    秋惜む丹波の城の天守台        紀子

四季を惜しむという季語は春と秋にだけあって、夏と冬にはありません。また、春には惜春という子季語が春惜しむにはあるのですが、惜秋という言葉はありません。同じ惜しむでも春と秋ではニュアンスが違っていますね。「秋惜しむ」には寂寞感があり、この城も天守閣ではなく天守台が詠まれているところが、秋惜しむに合っています。

(脇句)    盆地の空に鰯雲みる          二宮

丹波の城はどれもが盆地に出来ていますが、空を見上げると鰯雲が浮かんでいて、発句の風情を補完しています。

(第三句)   海沿ひの棚田に小鳥の舞ひ降りて    典子

盆地を抜け出して海沿いに景色を移しました。この棚田は日本海に向いているものでしょう。

(第四句)   九郎渡りし韃靼の峡          游々子

源九郎義経は衣川で果てたのではなく、蝦夷地に逃れ更に樺太から大陸に渡ってチンギスハーンになったという伝説が遺されています。間宮海峡は昔は韃靼海峡と呼ばれていました。

(第五句)   鉦太鼓祭り前夜の裏通り        後藤

京都の祇園祭の稚児による鉦叩きの練習風景が浮かびます。

(第六句)   夏座布団の積まれし座敷        典子

その練習は京町家の二階座敷で行われています。

(第七句)   丹波杜氏摂津の宮水酒に変え      二宮

摂津の酒どころ灘五郷の酒蔵では、丹波から杜氏を迎え、水は六甲山の伏流水を使っています。その水はかっては「西宮の水」と呼ばれていたのが、いつしか宮水となりました。江戸時代、その酒は樽廻船と呼ばれた船で江戸に運ばれたものでした。

(第八句)   彌十郎なる初代執権          游々子

三年ほど前に、NHKの大河は「鎌倉殿の十三人」というものでしたが、そこで坂東彌十郎が演じた北条時政はいつも酒を呑んだような赤ら顔で洒脱な演技をしていましたので、つい灘の酒から連想してしまいました。

(第九句)   ジェラシーに悪女と化せしその昔    紀子

時政の長女の政子が詠まれました。

(第十句)   十八番の歌は中島みゆき        典子

中島みゆきの歌にジェラシー・ジェラシーというのがあります。

(第十一句)  神保町軒並み本屋消え失せて      後藤

しばらく神保町に行ったことはないのですが、そうなのでしょうか。

(第十二句)  スマホ手にカレー食ぶ学生       紀子

神保町からお茶の水にかけては学生街ですね。

(第十三句)  しばらくは開かぬ赤門冬の月      典子

本郷にある東大の赤門は、基礎診断で耐震性能の低さが判明したため、赤門は21年から閉鎖されていて改修工事が行われています。工事が終了する27年は、東大の創立150周年・赤門の創建から200年に当たるそうです。

(第十四句)  ビルの谷間を寒風速し         二宮

ビル風はひときわ寒く感じます。

(第十五句)  不死鳥の影ガス灯の街銀座       游々子

ビル街から銀座を連想しました。銀座は明治8年の大火、大正の震災、昭和の戦災で大被害を受けて来ましたが、その都度復興してきたのは不死鳥を思わしめます。

(第十六句)  留学先はロンドンと決め        典子

銀座のレンガ建築とガス灯からロンドンが連想されました。

(第十七句)  桜舞ふ本初子午線越えて舞ふ      紀子

本初子午線(Prime Meridian)とは英国グリニッジ旧天文台を通る経度0°線のことです。ロンドンの桜を詠んだ句となっています。

(第十八句)  浦曲の波をアサギマダラ来       二宮

浦曲(うらわ)とは入江の湾曲部を示す古語・雅語で、茅渟の浦曲(ちぬの うらわ)という表現が、 西宮市歌の歌詞に「茅渟の浦曲(うらわ)のあけくれに…」という一節に使われています。そこに南方に渡っていくアサギマダラが現れたとは、なんともファンタジーなことです。

(第十九句)  江ノ島の風に乗りたる鳶うらら     後藤

アサギマダラが鳶に変わりました。湘南の海岸は防砂林に鳶が多く生息していて、弁当を広げようなら背後から狙ってくるので、用心することこの上なしです。

(第二十句)  クルーズ船の立ち寄る港        典子

大型のクルーズ船は横浜が発着港になっています。

(第二十一句) 悠久のとき祈り眠れるエーゲ海     游々子

地中海クルーズというのもあります。中でもエーゲ海はギリシャ文明の前史として、神々が産まれた海となっています。

(第二十二句) 豊かな腰の古代ビーナス        後藤

ミロのビーナスはエーゲ海のミロス島で1820年に農夫によって発見されました。この島の名前がミロの由来となりました。

(第二十三句) 厳かにパレード進む巴里祭       典子

場所がパリに移りました。

(第二十四句) 自由の女神涼しニューヨーク      紀子

ニューヨーク湾のリバティ島に建っている自由の女神像はフランスから贈られたものです。

(第二十五句) 海越えて恋して得たる新天地      二宮

この像は、アメリカ独立100周年を記念し、「自由と民主主義」の象徴として贈られました。

(第二十六句) 獨逸の乙女鴎外を恋ひ         後藤

『舞姫』の世界ですね。

(第二十七句) 溺愛の娘は父が大好きで        典子

鴎外には3男2女の子供がいました。

(第二十八句) 野球知らずも翔平のファン       後藤

大谷翔平ファンには女性が多そうです。

(第二十九句) 長々と烏鷺に興じる菊の月       游々子

野球が野外スポーツなら、烏鷺(囲碁)は屋内ゲームです。

(第三十句)  隣の柿に目玉風船           二宮

目玉風船とは鳥脅しのこと。前句の烏鷺に繋がっています。

(第三十一句) 粧ひし山に獣の数多なる        紀子

熊の出没には困ったものです。柿は熊の好物であるとか。

(第三十二句) コタンの空を焦がす篝火        游々子

熊の扱いはアイヌに教わってみたらどうでしょうか。

(第三十三句) みちのくのイザベラバード馬に乗り   後藤

イザベラ・バードという英国の女性探検家が明治10年に、馬車に寝台を乗せて東北地方を旅しています。従者一人を雇っての旅です。

(第三十四句) まこと小さき国の秘境に        紀子

「まこと小さき国」という表現は司馬遼太郎の『坂の上の雲』にあったような。

(第三十五句) 夙川に苦楽のありでファンタジー    二宮

夙川(しゅくがわ)は西宮の桜の名所。人生は苦楽があるもので、だからファンタジー!

(挙句)    花はくれない柳はみどり        游々子

あなたはあなたで私は私。これからの人生は「あるがまま」であることが最高です。

コメント by 游々子

以下はChatGPTによる講評です。

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以下は、いただいた講評文を踏まえつつ、全体構成・式目・流れ・付け合い・移りなどを総覧した 総合講評 です。これまでの游々子さまの連衆の皆さまの巻と同様、本巻も 知的で広がりが大きく、歴史・地理・文化の層が多重に重なった佳巻 になっております。


◆総合講評

連句(35)『秋惜むの巻』
令和七年十一月十一日〜十三日
連衆:紀子・二宮・典子・游々子・後藤


1. 発句〜第三句:丹波から海へ、明確な地理展開

開巻の三句は非常に見事な「発句の景を下敷きにしつつ場の移動を行う」構成になっています。

  • (発句)秋惜む丹波の城の天守台
    →「天守台」という選択が秋惜しむの侘しさと非常に響き合う。
  • (脇)盆地の空に鰯雲みる
    →“空を受ける脇”として理想的。発句の景を壊さずに視線だけを上に。
  • (三)海沿ひの棚田…
    →丹波盆地 → 日本海側 という移動が自然で、脇に対し「地勢を押し開く」働きをしている。

この三句の展開は、発句脇三として 大変お手本的 です。


2. 四〜八句:歴史と祭礼、酒どころの流れへ

  • 義経伝説 → 祭り → 京町家 → 杜氏 → 時政 → 政子 と、
    歴史的・物語的な連想が「重みを増しつつ横滑りする」ように展開しており、
    知的だが停滞せず、推進力を失わない 大変良い流れです。

第八句の「彌十郎なる初代執権」は、
灘の酒 → 赤ら顔の彌十郎 → 北条時政
という わずかに跳ぶが、行き過ぎない飛躍 で巧みです。


3. 九〜十四句:現代東京への見事な転調

国文学・歴史の重さのあとに

  • 中島みゆき
  • 神保町の本屋
  • 学生のカレー
  • 赤門の閉鎖
  • ビルの谷間の寒風

と、現代東京の生活圏へ一気に空気が変わるのが心地よい。

特に九・十句の「ジェラシー」→「中島みゆき」のシームレスな転換は
連句的にきわめて滑らかです。

このあたりの転調により、巻全体の「重さ・軽さ」「古・今」の均衡が取れています。


4. 十五〜二十句:銀座から地中海・ギリシャへ、世界旅行の章

  • 銀座の「ガス灯」→ロンドン
  • ロンドンの「本初子午線」→桜
  • 浦曲のアサギマダラ → 江ノ島の鳶 → 横浜港
  • そして地中海クルーズ → エーゲ海 → ミロのヴィーナス

この部分は 巻のハイライト です。
非常に美しい「世界の風の移動」、地理的必然性と文化的象徴性があり、
「旅の章」として、読み手の心が自然に外へ開いていきます。

とくに (17)桜舞ふ本初子午線越えて舞ふ は、
季語「桜」を用いながらもロンドンに置くという
やや難度の高い技巧句ですが、
前句のロンドンへの確固たる橋渡しがあるため、
無理なく景が成立しています。


5. 二十一〜二十八句:西洋史から日本近代文学、そして大谷翔平へ

この部分は、一見「対象が散らばる」章のようですが、
実際には “個と文化” の連鎖 でつながっています。

  • エーゲ海の神話
  • 古代ビーナス(女性像)
  • 巴里祭
  • 自由の女神(米仏関係)
  • 鴎外『舞姫』の乙女
  • 鴎外の娘
  • 大谷翔平ファン(現代の“有名人と女性”の構図)

というふうに、
「女性」→「愛」→「芸術」→「憧憬」
の連鎖をずっと辿っており、
題材は大きく跳んでも 情緒の連続性は少しも失われていません

連衆の力量がよく表れた章です。


6. 二十九〜三十四句:日本の山里から北海道のコタン、そしてみちのくへ

野球 → 囲碁 → 柿 → 熊 → アイヌ → イザベラ・バード → 秘境

という流れは、
まさに連句の「自由闊達な連想」の醍醐味。
特に三十一句〜三十三句の

  • 粧ひし山
  • 熊の数多
  • コタンの篝火
  • イザベラ・バード

という連続は
“山の深さ” “自然の原初性” がだんだん濃くなる
構造になっていて、実に綺麗です。

三十四句「まこと小さき国の秘境に」は、
司馬遼太郎の言葉を思わせつつ、
前句の“みちのく探訪”とも自然につながり、
巻末への“締まり”を予感させます。


7. 三十五〜挙句:西宮の夙川を経て、見事な古典的挙句へ

三十五句「夙川に苦楽のありでファンタジー」は、
巻全体が世界を回ったあとに 再び日本の川辺へ戻る 効果があります。
循環構造を生み、挙句への導入としてよい句です。

そして挙句、

  • 花はくれない柳はみどり

これは連句挙句のお手本のような、
比喩と象徴による静かな肯定です。
「あなたはあなたで私は私」という講評文の指摘がまさにその通りで、
殊に“秋惜む”で始まった巻が、
“紅と緑”という生命感のある色彩で閉じるところが
非常に美しい。


◆総括

本巻は、
地理の移動/歴史の重層性/文化の横断/人物の感情/自然の気配
が精妙に入り混じりつつ、
決して混乱せず「悠然とした大河」のように流れていく巻です。

  • 景の転換が非常に巧い
  • テーマが重くなりすぎない
  • 世界観が広く、しかし最後に日本へ戻る
  • 挙句がしっかり“静の美”になっている

という意味で、
連衆の成熟がはっきり示された 優巻(すぐれまき) と申せます。