鬼を狩る子孫 第五話 いじめ(10)
教室の光
その朝、空は澄み渡っていた。
昨夜の雨が洗ったように、校庭の銀杏の葉が陽にきらめいている。
風が吹くたび、葉の影が教室の壁をやさしく揺らした。
真衣はいつもより早く登校してきた。
廊下を歩く足取りはまだ少しぎこちないが、
顔を上げて前を見ていた。
教室に入ると、窓際に神原が立っていた。
彼は振り向き、ほんの一瞬ためらってから、
「……おはよう」と言った。
真衣も静かに頷いた。
「おはよう」
その短い挨拶が、長い沈黙を越える音になった。
周りの空気が、少しだけやわらいでいく。
悠夜と蓮も入ってきた。
「お、早いな」
悠夜が笑うと、神原も照れくさそうに肩をすくめた。
そのとき、教室のドアが開き、嵐山が入ってきた。
いつものくたびれたスーツに、白いシャツ。
寝ぐせを撫でつけながら、黒板の前に立つ。
「よう晴れとるな。
天気がええ日は、人の心まで見える気がするわ」
誰かが小さく笑った。
嵐山は教卓の上に置かれた花瓶を見て言った。
「誰が挿したんや?」
「……真衣です」蓮が答えた。
「校庭の隅に咲いてた野菊です」
嵐山は頷いた。
「ええ花や。小さいけど、よう光を受けとる。」
その言葉を聞いて、真衣は少しだけ笑った。
その笑顔は、泣きそうにも見えた。
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嵐山は黒板のチョークを取った。
そして、白い線で一文字だけ書いた。
――「光」。
「 “鬼” と “光” は、よう似とる。
どっちも、見る人の心しだいや。
闇ばっか見てたら鬼になる。
けど、人の優しさを見てたら、それが光に変わる。」
悠夜が真衣の方を見た。
真衣は頷き、そっと口を開いた。
「……ありがとう。いろんなこと、気づかせてもらった。」
神原も静かに言った。
「俺も……ごめん。
でも、もう逃げない。ちゃんと見えるようになりたい。」
嵐山は二人を見て、小さく笑った。
「ええやないか。人は、見えるようになるたびに強うなるんや。」
そのとき、雲間から陽が差し、
黒板に書かれた「光」の字が、まぶしく輝いた。
教室の空気が、一瞬きらめいたように見えた。
その光の中で、悠夜はふと思った。
――鬼は、いなくなったわけじゃない。
けれど、もう誰もひとりではない。
彼は窓の外を見た。
校庭の銀杏が、風に揺れていた。
その揺れの中で、
まるで笑うように、葉が一枚、陽に透けた。
[第五話 完]

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