鬼を狩る子孫 第五話 いじめ(1)

教室に潜む影

四月の風が、校舎の窓をゆっくり揺らしていた。新学期の教室には、まだ新しい机の木の匂いが残っている。黒板の上には「2年B組」の札。その文字の下で、教師が転校生を紹介していた。

「ええと……今日からみんなの仲間になる、笹本真衣さんです。」

真衣は小さく会釈をした。

長い髪を肩の後ろで結び、声は細く、聞き取れないほどだった。だが、教室のどこかで誰かがくすっと笑う。それがどの席からかは、悠夜には分からなかった。

「じゃあ、あそこの空いてる席に。」

担任の若い男性教師が指さしたのは、窓際の一番後ろ。真衣が歩いていく間、教室のざわめきは妙に長く続いた。椅子の脚がきしむ音、鉛筆を転がす音。それらが一つに混ざり合い、ざらついた空気をつくっていた。

休み時間。

悠夜は自分の席で理科のプリントをまとめていた。ふと視線を上げると、真衣が机を拭いている。机の表面には、うすく鉛筆で書かれた言葉があった。

――「お前、来るな」

創作小説の挿絵

真衣はそれを消しゴムでこすっていた。だが、消しゴムのあとが黒ずみ、文字の跡は完全には消えない。

悠夜は声をかけようとしたが、躊躇した。

「……何か言った方がいいんじゃない?」

隣の席の蓮が小声で言った。

「でも、もし違ってたら?」
「違うこと、ある?」

そのとき、廊下を歩く足音がした。がっしりした体格の男が、手に資料を持って通り過ぎる。

灰色の背広。皺だらけの袖。――嵐山だった。ふと足を止め、教室をのぞき込み、ゆっくりと眉を上げた。

「……教室の匂いが変わったな。」

それだけ言って、何も言い足さずに去っていった。

蓮が首をかしげる。

「匂い?」

悠夜は、窓の外を見た。教室の中だけがどこか薄暗く感じられた。

昼休み、真衣の机の上には小さなメモが置かれていた。

――「早く消えろ」

悠夜は息をのんだ。けれど、見ていたはずの目は何十もあった。それなのに、誰も何も言わない。その沈黙の中で、悠夜は奇妙な気配を感じた。

教室の隅――カーテンの影が、風もないのにゆらりと揺れた。形の定まらない黒いものが、一瞬だけ壁に映る。目を凝らしたときには、もう消えていた。

「……蓮、いま何か見えた?」
「え? 風でカーテンが動いただけじゃない?

悠夜は笑おうとしたが、口が乾いて言葉にならなかった。

そのとき、頭の中に声がした。低く、掠れた声。

――「見ているのに、見ないふり。いいねぇ……それが、人間だ。」

悠夜は思わず席を立った。だが、誰も彼を見ていない。ざわめきは、何事もなかったように続いていた。