鬼を狩る子孫 第四話 保護者会の罠(15)
懺悔の朝
翌朝の校舎は、ひんやりとした風に包まれていた。
桜の花びらはすでに散り、校庭の隅にわずかな花片が残るだけ。窓の外には若葉が透けて、初夏の光が静かに射し込んでいた。
職員室のカーテン越しに、淡い朝陽が差し込む。机の上には昨夜の議事録が積まれ、どの椅子もまだ冷たい。
校長は、ひとり早く出勤していた。青いシャツは少しくたびれ、襟元に折り目の跡が残っている。
だがその姿には、どこか穏やかな静けさが漂っていた。
窓を開けると、柔らかな風がふっと吹き込んだ。机の上の紙がめくれ、古びた万年筆が小さく音を立てた。校長はそれを拾い上げ、ゆっくりとポケットにしまった。やがてチャイムが鳴り、朝の全校集会が始まった。
体育館の壇上には校長と嵐山が並んで立っている。天窓から射す光が、ふたりの肩に静かに落ちていた。
校長は深く一礼し、マイクの前に立った。
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「皆さんに、お話ししたいことがあります。私は、学校という場所を “正しく導く” ことが自分の務めだと信じてきました。けれど……その信念が、いつの間にか “人からどう見られるか” に変わっていました。結果として、誤った判断を下し、皆さんに心配と混乱を与えてしまいました。本当に、申し訳ありません。」
静寂の中、生徒たちは真剣な眼差しで耳を傾けていた。嵐山は隣で腕を組み、何度か小さく頷いた。
校長は続けた。
「私はこの学校を去ることも考えました。ですが――嵐山先生に言われたのです。“逃げるんやなく、教室に立って赦しを学び直せ” と。その言葉が、胸に残りました。」
嵐山がマイクの前に進んだ。
「先生、人は失敗して強なるもんです。うちのかみさんもよう言いますわ――“洗濯も、汚れがあるから洗えるんや” ってね。もし今日、誰かの心にまだ汚れが残っとるなら、この朝がちょうどええ洗いどきですわ。」
体育館の空気が、ふっとやわらいだ。生徒たちのあいだから、小さな笑い声がもれた。それは誰を責めるでもなく、安堵を分け合うような笑いだった。
悠夜と蓮、大地は顔を見合わせ、黙って頷いた。SNSで騒ぐことなど、彼らの誰の頭にも浮かばなかった。真実は言葉で暴くより、行いで示すほうが深く伝わる――彼らはそう感じていた。
校長が壇上を降りるとき、嵐山が小声で言った。
「色、戻ってきましたやん。ええ青になりました。」
校長は小さく笑い、うつむいたまま頷いた。
その日の放課後、悠夜たちは鏡ヶ淵へ向かった。
風は穏やかで、水面は若葉の影を映していた。蓮が言った。
「静かだね。昨日までのことが、まるで夢みたい。」
悠夜は頷いた。
「でも、何かが変わった気がする。」
そのとき、淵の底からゆらりと影が浮かび上がった。水面が波立ち、かすかな声が響く。
――「また人間に負けたか。だが……おもしろい奴らや。」
影はすぐに消え、ただ初夏の光が水面をやさしく照らしていた。
悠夜が空を見上げると、校庭の隅の桜から、
遅咲きの花びらが一枚、風に乗って舞い上がった。
それは、季節の終わりを惜しむようでもあり、赦しの光が形を変えて落ちてきたようでもあった。
(第四話 完)

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