鬼を狩る子孫 第三話 新任校長の履歴書(4)

華麗なる経歴の影

新任校長の演説が終わった日、校内は熱気に包まれていた。                         廊下では生徒たちが口々に囁き合う。

 「ハーバードってすげえな、アメリカの大統領も出てるんだろ?」
 「うちの学校から、世界に羽ばたく人が出るかも!」
 「新聞にまで名前が出る校長なんて、初めてじゃない?」

 顔を輝かせる声が飛び交い、校長の経歴は早くも伝説めいて広がっていた。

 職員室も同じ空気だった。若い教師が

 「いやあ、経歴だけでも学校の格が上がりますよ」

と感嘆すれば、中堅の教師

「PTAの受けもいいでしょうな」

と頷く。誰もが口を揃えて校長を褒めそやし、机の上には配布された経歴プリントが誇らしげに置かれていた。

その輪の中で、教頭がにこやかに笑みを浮かべていた。細い目をさらに細め、声を弾ませる。

「さすがはハーバードのご出身。まさに我が校の誇りでありますな! この経歴を知っただけで、生徒たちの心構えが変わる。教師としても、背筋が伸びる思いですぞ」

その顔つきがまるで狐のように見えることから、生徒たちは陰で彼を「きつね」と呼んでいた。その言葉に、周囲の教師たちは一斉に頷いた。きつねの声には妙な力があり、誰も逆らおうとはしなかった。

だが、悠夜たち三人は違っていた。昇降口に並んで腰掛けた彼らは、プリントを広げてじっと見つめていた。

創作小説の挿絵

「なあ、やっぱり変だよな」

 蓮が小声で切り出す。

「ハーバード卒業ってすごいけど、何を研究してたとか、どんな成果を出したとか、一つも書いてないんだ」
「しかも “国際的な教育機関で研鑽を積む” って、どこなのか全然わからないじゃん」

大地が首を傾げる。

「本当にそんなところにいたのか?」

悠夜は黙ってプリントを見つめ、やがて低く言った。

「……言葉は立派だけど、中身がないんだ。演説のときも、鎌倉のことも、僕たち生徒のことも、一度も口にしなかった。まるで経歴そのものを盾にしてるみたいだった」

その瞬間、三人の心に同じ疑念が芽生えていた。
 ──校長の華麗な経歴には、何か隠された影があるのではないか。

夕暮れの校庭では部活動の声が響き、グラウンドを走るサッカー部の掛け声が風に乗って届く。だが三人の胸の奥には、不思議な重さが残り続けていた。