鬼を狩る子孫 第三話 新任校長の履歴書(3)

校長の演説

その朝の講堂は、いつになくざわめいていた。体育館の床に整列した生徒たちの視線は、一様に壇上に注がれている。そこに立つのは、新しく赴任してきた校長──青シャツであった。

青みがかったスーツに身を包んだその姿は、どこか舞台役者めいた華やかさを帯びていた。細身の体躯をすっと伸ばし、眼鏡の奥からは鋭い光が走る。周囲を一瞥しただけで、場の空気を掌握するかのような気配を漂わせていた。

「みなさん、おはようございます」

開口一番の声はよく通り、体育館の隅々まで響いた。ざわめきが静まり、数百の視線が壇上に吸い寄せられる。校長はわずかに微笑を浮かべ、ゆったりと演説を始めた。

「私が学んだハーバード大学は、世界の知の拠点と呼ばれる場所でした。国も人種も異なる若者たちが集まり、互いに切磋琢磨し、未来を語り合う……その精神は、いまも私の胸に生き続けています」

生徒たちの間に小さなどよめきが広がる。ハーバード──テレビや雑誌で聞いたことのある名門校。その名前だけで、若者たちの想像力を刺激するには十分だった。

「私はその経験をもとに、ここで学ぶ皆さんにも世界を知り、広い視野を持ってもらいたい。努力する者には、必ず道が開ける。私はそのお手伝いをしたいと考えています」

言葉は立派だ。だが、悠夜の胸には妙な引っかかりが残った。鎌倉のこと、この学校のこと、目の前の生徒たちのこと──具体的な言葉が一つも出てこないのだ。どこか遠い舞台の演説を、そのまま持ち込んでいるように聞こえた。

蓮が小声で囁いた。

「なあ……これって、ほとんど自分の自慢話だろ?」
「しかも、借り物みたいな言葉ばっかりだな」

大地が眉をひそめる。

壇上の校長は、時に右手を軽く掲げ、時に演台を指先で叩きながら語り続けた。その仕草は堂々としていたが、熱意というより計算のにおいが強かった。言葉に血が通っていない──少年たちは本能的にそう感じ取った。

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体育館の片隅では、教頭がにこやかに頷きながら拍手を送っていた。きつねのように細い目が光り、まるで「さすが我らの校長」とでも言わんばかりである。周囲の教師たちもつられるように拍手を始めたが、その笑顔もどこか張り付いたものだった。

「皆さん、私は皆さんと共に歩みたい。知を求め、心を磨き、この鎌倉から世界へ羽ばたく人材を育てていきましょう」

最後の言葉とともに、講堂に拍手が広がった。だが、その拍手の中に混じるかすかなざわめきは消えなかった。悠夜たちの心には、むしろ一つの疑問が強く刻まれていた。
 ──この人は、本当に信じてよい大人なのか?