鬼を狩る子孫 第二話 影を落とす契約書(2)

(2)
その夜。

市会議員・村尾は自宅の書斎で一人、机に肘をついていた。
電灯の明かりに照らされた契約書の控えを前に、にやりと笑う。
「これで体育館の建設は確実……。票も、献金も、すべて手に入る」

だが次の瞬間。
契約書の文字がふっと揺らめき、黒いインクが紙面から立ちのぼるように見えた。

「……なんだ?」
目を瞬かせるが、ただの影にしか思えない。
だが、その影は窓の外の闇と繋がり、じわじわと部屋に広がっていった。

村尾は急に息苦しさを覚え、胸に手を当てた。
「う……ぐっ……」
耳の奥で低い声が囁く。

――《払え……もっと払え……》

「誰だ……誰が言っている……!」
叫んでも返事はなく、囁きはますます大きくなる。
《心を差し出せ……野心を……誇りを……》

村尾の額から冷たい汗が伝い落ちた。

創作小説の挿絵

一方その頃。夜更けの田野倉邸。
書斎の時計が重たく時を刻む。
秒針の音がやけに大きく響き、部屋全体を支配していた。

机の上には、昼間取り交わしたばかりの契約書が広げられている。
白い紙のはずが、いまはどす黒い光を帯び、文字のひとつひとつがぬらぬらと動いているように見えた。
田野倉は眼鏡を外し、こめかみを押さえた。

「……これで、いいはずだ……。市会議員に渡しておけば、仕事も安泰……家族を路頭に迷わせずに済む……」

自分に言い聞かせるような声。
だが、その声音には迷いと疲れがにじんでいた。

ふいに、部屋の隅で影が揺らめいた。
ランプの火が一度も消えていないのに、壁に映る影だけが濃く、形を変えていく。