添削ー(66)あすなろ会(22)-

蒼草さん

原句 蕉翁の夢より始む初暦

この句は、芭蕉(蕉翁)が夢をみて新たな年(初暦)の始まりを迎えたという解釈と、芭蕉を年の最初の夢としてみた、という二つの解釈があり得ます。中句の “始む” が二つの解釈を生じる表現となっていますので、後者の解釈となるよう別の動詞を使ってみます。

参考例 蕉翁の夢より開く初暦

原句 潮の音に竜神の立つどんど焼き

この句の問題点は中句の “の立つ” が俗的表現になっていることです。これを「立ちし」という過去形を使うことで、竜神の神聖な存在感が際立ち、より静かで詩的な雰囲気を強調できます(参考例1)。また上句を「や」で切ると、潮の音が強調されどんどの炎との対比が鮮明になります(参考例2)。

参考例1 潮の音に竜神立ちしどんど焼き
参考例2 潮の音や竜神昇るどんど焼き

原句 雪吊に謡流るる加賀の宵

この句の問題点は上句の「に」にあります。「に」だと雪吊りのあるところに謡曲が流れている、ということになり、説明的になってしまいます。ここは芭蕉の古池の句と同じように「や」としなければいけません。また原句は流れるものを直接謡と表現していることで、更に説明的になっています。ここは「加賀に流るる」とすることで詩的な表現に変えることが出来ます。また流れるものは謡とするより「鼓の音」とする方がより幻想的になるでしょう。

参考例 雪吊や加賀に流るる鼓の音


遙香さん

原句 千両の朱で寿ぐ苫屋かな

この句は、赤い実をつける千両が、苫屋(草屋)と呼ばれる素朴な住まいの中での祝福や喜びを象徴していて、自然の美しさと生活の中の祝祭的な一瞬が見事に結びつけられた佳句です。直しは要りません。

原句 猛る火に願ひの丈を大どんど 

中句の “願ひの丈を” は句には出ていない「託す」という動詞の目的語です。であるなら、「託す」を明記した方がはっきりし、その方がリズムも良くなります。

参考例 猛る火に願ひを託すどんどかな

原句 手の皺に一年(ひととせ)思ふ柚子湯かな

この句は冬至の日に柚子湯に浸かり、手の皺を見てしみじみと一年をふり返る、という美しい句です。このままでも良いのですが、中句の “一年(ひととせ)思ふ” が抽象的でやや平板な表現になっています。皺を見ての「思い」より、「思い」が皺に沁み込んでいくという内容にした方が詩的になり、皺の印象が強くなります。

参考例 手の皺に思ひの沁むる柚子湯かな

 
怜さん

原句 カフェの娘(こ)は破魔矢授けし淑やかに

新年に神社で破魔矢を求めたところ、なんと売り子の女性はカフェでバイトしていた人であった、という句です。問題点は下五に “淑やかに” と副詞を使っていることです。形容詞や副詞を使わずに表現するのが俳句です。

参考例 破魔弓の売り場に知己の巫女姿

原句 図書館に学びの静寂(しじま)冬夕焼け 

情景が見える佳句です。中句の “学びの静寂” は少し硬い感じがしますので、語感を柔らかくしてみます。

参考例 図書館に冬の静寂や大夕焼

原句 風花の舞う故郷は遠くあり

故郷が遠いというのは当り前のことなので、遠くなってしまった、として感慨を詠むことにします。

参考例 風花の故郷は遠くなりにけり

游々子

水神の畦や若菜の手に匂ふ
カーソルの止まるや去年の日記果つ
初春や帆引く船影湖光る