俳句的生活(30)-国木田独歩ー

本稿を記すにあたって、「武蔵野」を青空文庫で斜め読みしてみました。独歩氏の美意識を確認するためでした。判ったことは、楢のような落葉広葉樹の林の中に、一人佇み、沈思し、音もなく落ち行く葉に美を感じる、というものでした。後年の北海道を舞台とした作品で、山林に自由存す と記したものに相通じると思いました。絵画でいうと、菱田春草の「落葉」を髣髴とさせるものでしょう。「武蔵野」は独歩27歳のときの作品です。

しかしながら、南湖院に入院したときの独歩は、武蔵野を書いた時のような清新溌剌とした青年からは、大きく変わっていました。南湖院に入る前、独歩は湯河原その他を転地していましたが、結核の方は既に末期状態になっていて、精神的にも追い詰められていたのでしょう。畊安は「独歩氏は我が侭であった。自分の為さんと欲する所は、医員の言も、看護婦の言も、一切斥けて用いず、、、」と記し、副長だった中村愛子は「独歩氏はかって基督教徒のお仲間にお在りなされたとのことですが、少なくとも入院中の氏には信仰の影さへ見出すことは出来ませんでした。」と書いています。独歩は独歩で、茅ヶ崎について、「茅ヶ崎の砂は鎌倉に比して色黒く粒大なり。、、、茅ヶ崎の空気は荒し、、、茅ヶ崎は松と麦と桑と甘藷の外、目を慰むるものなし。」と「病床録」に記しています。独歩37歳の時であり、入院はわずか5か月足らずというものでした。

「武蔵野」のように漢語が多い文章から、日本人が好む四文字熟語というものについて考えてみました。戦国の風林火山から始まって、300年を経た幕末・明治の、尊王攘夷、文明開化、臥薪嘗胆といったものです。これらは全て、3+4 あるいは4+3 の7音となっています。この7音というのが我々日本人には心地よく響き、四文字熟語もそのようなものが作られたのだと思います。テレビの人気俳句番組で、全体が17音になっていれば良しとする破調の句を、N先生やN生徒が好んで作っていますが、7音の心地よさが全くなく、如何なものかと私は思っています。

山林に自由存せり秋の蝶

南湖院第一病舎の内部
「茅ヶ崎市史ブックレット5南湖院」より