添削(47)-あすなろ会(2)令和5年4月ー

A子さん

原句 水戸学の桜蕊降る築地塀

水戸学の道
水戸学の道

水戸市では、弘道館・水戸城跡周辺を歩いて楽しめる散策ルート「水戸学の道」を整備しています。原句は「道」に沿っての白壁や築地塀に ”桜蕊が降る” という秀麗な光景を詠んだものです。ただ原句の上句 ”水戸学の” だけでは、知っている人以外はこれが「道」を表していることに辿り着けないので、字余りになりますが、上句は「水戸学の道」と言い切った方が良いと思います。

参考例 水戸学の道桜蕊降る築地塀


原句 父の手の木彫りの菩薩風薫る

地蔵菩薩
地蔵菩薩

季語 ”風薫る” の爽やかさを引き立てる取り合わせとして、父君の彫った菩薩を持ってきたのは、父君を追想する深い愛情が感じられて、とても良いと思います。論点として、”父の手の木彫りの” というところを、”父の彫る” と短縮して、余った字数を菩薩に振り当てて、”父の彫る地蔵菩薩や風薫る” のような句もありえますが、この句の主眼が父君の追想であるとすれば、原句の方が適切であるといえます。直しの要らない佳句です。


原句 春愁や机上の旅のはじまりぬ

原句の解釈ですが、この春は実際に旅行に行けなかったので、せめてガイドブックだけでも見て机上での旅を楽しむことにしよう、というものだと思います。しかし机上だけの旅であっても愁いは晴れてくると思いますので、春愁をそのままにして置くのは釣り合わないのではないでしょうか。

参考例 春愁を晴らす机上の旅始め


B子さん

原句 水底の光ふくらむ蝌蚪の紐

浅い池の底に、おたまじゃくしの尾の影が映っている、尾の揺れに従い、影も揺れ、その春の光は膨らんでもいるようだという句で、生まれたばかりの生命に春の光を重ねた佳句です。”ふくらむ” の解釈として、蝌蚪の成長とすることもありえて、その場合の意味的切れは「水底の光/ふくらむ蝌蚪の紐」となります。しかし詩としては、”光ふくらむ” をひと括りとする方が遥かに優れていて、原句に直しは要りません。


原句 春愁やゆるりと溶ける角砂糖

喫茶店
京都出町柳の柳月堂

角砂糖がゆるりと溶けることに春愁を感じたという、面白いところに目を付けた句です。ただこの場合、季語として ”春愁” ではなく、”行春” のほうが合っているように思えます「行春やゆるりと溶ける角砂糖」。”春愁” に合わすとしたら ”名曲喫茶” で音を入れて、

参考例 春愁や名曲喫茶の角砂糖 


原句 遊行寺の絵馬からころと風薫る

遊行寺の絵馬
遊行寺のオリジナル絵馬

季語 ”風薫る” に、遊行寺の絵馬が風に吹かれて、”からころ” と音を立てていることを取り合わせた句で、季語を引き立てる取り合わせになっていて、それ自体は良いと思います。ただ中七の ”からころと” で助詞の ”と” が使われているため、次に繋がるものが想定されることになります。それは、”音がする” となるはずであり、それが省略されて、”風薫る” に繋がっていることで違和感が生じています。”と” は次のように簡単にはずす事が出来ます。

参考例 遊行寺の絵馬はからころ風薫る


C子さん

原句  佐保行けば千手にあまる春愁ひ

古代の奈良、大和川の支流で水運の一翼を担った佐保川という川があります。東大寺のある春日から、西の薬師寺や唐招提寺の方へ流れる川で、幕末に奈良奉行を務めた川路聖謨の手により、川沿いに桜が植えられ、現在も散策コースとして春には賑わいを見せているところです。

佐保川の桜
佐保川の桜

句作者は、春にこのコースを唐招提寺まで散策し、唐招提寺での千手観音を拝観して、途中の大勢の観光客を、”千手にあまる” と描写したものと思われます。ただ中七の、”千手にあまる” が理解しづらいので、平易に唐招提寺に結び付く ”千手の御堂” として参考句としました。

参考句 佐保行けば千手の御堂春愁ひ

唐招提寺の千手観音
唐招提寺の千手観音

 

原句 朧夜や湯宿の下駄の音鈍く

朧夜のぼんやりした空気に、下駄の鈍い音を組み合わせたのは良いと思います。下五が副詞でおわっているので、語順をかえて名詞止にして、句を引き締めてみます。

参考例 音鈍き湯宿の下駄や朧の夜


原句 風薫るフルートさらう指踊る

季語 ”風薫る” に爽やか感のあるフルートの練習を取り合わせたのは、良いと思います。ただ、動詞が3つありますので、二つにしてみます。

参考例 フルートをさらう十指や風薫る


D男さん

原句 蝌蚪の形(なり)田圃の中の古代文字

田圃アート

田圃には古代米を使って絵図を作っているところがあります。句作者はそこに古代文字が描かれているのを見つけ、それが蝌蚪の形をしていることを発見し、俳句にしたものです。着想がユニークで直しは要りません。


原句 野を駆ける都井の子馬や風薫る

都井岬の野生馬
都井岬の野生馬

宮崎県の都井岬には、野生の馬「御崎馬」が約100頭棲息しています。大海原を背に悠々と暮らしている様子は、まさに馬の楽園。野生馬の生活を間近で観察できる珍しい場所です。句は季語の ”風薫る” に御崎馬を取り合わせた気持ちの良い句で、直しは要りません。

原句 かやぶきや桜しべ降る一軒家

本句は上五と下五が同じものを指していますので、近接させる必要があります。

参考例 桜しべ降るかやぶきの一軒家


E男さん

原句 桜しべ降りて藁ぶき色づけり

本句は、茶色の藁ぶきにピンクの桜蕊が降りかかっているという、極めて絵画性の高い秀句です。下五がさらに一押ししています。直しは要りません。


原句 杏咲き兄弟会も満開に

杏の郷
杏の郷

杏が満開となっている折での兄弟会、楽しさが伝わってきます。楽しさを象徴する ”満開” を兄弟会にはつけず、間接的に楽しい雰囲気を表現するのが良いです。

参考例 満開の杏の郷や兄弟会


原句 黄砂降り大海原を育めり

ゴビ砂漠
ゴビ砂漠

春先の黄砂は迷惑なことで、不法越境という感じがします。

参考例 黄海といふ海越えて黄砂降る


游々子

春愁や長江濁る巨星の碑

空の下虚空をにらむ座禅草

開拓のみどりの中を鳥雲に