俳句講習会句集(2)ー令和4年8月ー

しおさい会 兼題:夕立、サングラス、当季雑詠

来るぞ来る急げや急げ夕立ぞ 平方順子

夕立や我先走る六本木 M

サングラス私わたしと声上げる 溝呂木陽子

美ら海のなかんづく青サングラス 吉田和正

地の果ての岬に置きしサングラス 木村友子

ひまはりや迷路の中の女の子 伊藤美恵子

風に乗り祭囃子声遠くゐて 島崎悦子

夏嵐折鶴飛ばすヒロシマへ 川島裕弘

旅すがらけむる夏富士中央道 渡辺美幸

暮れ泥む病室窓に夏灯し 福永いく子

大夕立銀河大橋を渡りをり 杉山美代子

光の尾揺らし闇ゆく蛍かな 室川敏夫

軒先に母に似た人大夕立 日高朝代

夕立に駆け込みし店それが縁 塚島豊光

果てしなき闇に花火の駆け上がる 清水吞舟

畑晩夏伸び放題の草の丈 伊藤あつ子

言の葉の尖る十五や夏薊 西岡青波

夕時に蚊さえ隠れる大暑かな 板谷英愛

仏壇に友の形見のサングラス 岡山嘉秀

車いす子らに押されて神の滝 松林游々子

父若し団扇は腰に肩車 杉山徹

サングラス父の面影伊達男 松岡道代


鑑賞(清水吞舟)

サングラス私わたしと声上げる 溝呂木陽子

よくある事である。仲の良い友達が素知らぬ顔で自分の前を通り過ぎた。サングラスなど普段はあまりしないので、自分と気付いていないのだ。「私、私よ」と大きな声で呼び止めた。友はびっくりして振り向いた。

仏壇に友の形見のサングラス 岡山嘉秀

友は若い頃からお洒落だった。夏の間は遊びに出かける時はいつもサングラスを欠かしたことは無かった。いつも流行を見せびらかしたものだ。老人になってもそれは変わらなかった。今、彼の仏壇には愛用のサングラスが飾られている。ダンディーな彼にふさわしい。

父若し団扇は腰に肩車 杉山徹

若い頃より鍛えている父は八十路を過ぎても若い。今でも運動は欠かさない。今日も祭の縁日に、孫を肩車に、腰に団扇を挿して出かけた。私の子供の頃も同じようにしてくれた。いつまでも若々しいのは良いが、あまり無理をしないで欲しい。


俳ゆう会 兼題:日日草、夜の秋、当季雑詠

土用灸車椅子押す老婆の手 杉山美代子

孫帰り二人に返る夜の秋 内海ただし

ことことと豆煮る至福夜の秋 川島智子

白絣架けて子を待つ母老いし 瀧本万忘

ここまでと決めし栞や夜の秋 浜本文子

碑文や夕陽放さず夜の秋 宮坂妙子

糠床を搔き混ぜる香や夜の秋 和田しゅう子

風はらむ禰宜の狩衣山開き 谷本清流

山宿の露天湯無音夜の秋 関口泰夫

夜の秋単身赴任の子にライン 村上芳枝

今日もまた朝餉は干物日日草 塚島豊光

日日草特攻隊の発ちし街 野村宝生

身の丈の暮らし彩る日日草 鈴木登志子

幸せと義母の口癖日日草 粕谷説子

園庭におはようの声日日草 野村みつ子

夜半の秋また読み返す草枕 海江田素粒子

胡砂熄みて馬の嘶く夜の秋 松林游々子

日日草無人駅舎のロータリー 渡辺洋子

ひそひそと日日草の声聞こゆ 鈴木煉石

老の愚痴金魚ひらりと知らぬ顔 白柳遠州

初蝉や一瞬鳴いて庭を去る 時松孝子

良き友の供養の手酌夜の秋 伊藤徳治

山小屋で溢れる珈琲夜の秋 山口薫

庭下駄の鼻緒の冷えや夜の秋 豊田千恵子

漁師町ざわつく活気夜半の秋 細貝介司

平凡が続けば非凡日日草 清水呑舟


鑑賞(清水呑舟)

ここまでと決めし栞や夜の秋 浜本文子

夜が段々と凌ぎやすくなってきた。以前読んだ「奥の細道」をまた読み返している。この本は読むたびに新しい発見がある。今日は平泉を過ぎ、鉈伐り峠を越えた処で本を閉じることにする。明日はいよいよ立石寺から出羽三山に向かう、楽しみだ。

良き友の供養の手酌夜の秋 伊藤徳治

会社の同期で一緒に働き、よく遊んだ友が亡くなったと奥さんから連絡があった。段々と同期の連中が亡くなっていくが、とうとう奴までいなくなった。寂しいな。今夜は仏の奴と、昔話をしながら心ゆくまで酌み交わすとするか。

庭下駄の鼻緒の冷えや夜の秋 豊田千恵子

庭の洗濯物を取り込もうと、縁側にある庭下駄を履こうとしたら、鼻緒がひんやりとした。そうかもう八月も終りか。そろそろ家族の冬布団の準備もしなければ・・・それにしても、年を取ると季節が巡って来るのが早いなあ。


しんじゅ会 兼題:蟻、晩夏、当季雑詠

松風や穴雑草の蟻地獄 小林梢

梅酒瓶ラベルに残る母の文字 前原好子

風紋に残る足跡晩夏光 坂口和代

地下壕の残る裏山晩夏光 大野和彦

夕端居父の背中に言葉あり 高田かもめ

奈落への片道切符蟻地獄 伊藤あつ子

晩夏光波の置き去るラムネ瓶 長堀育甫

夏深し足音深き白馬岳 三浦博美

暴かれて三角関係蟻地獄 能勢仲子

族滅の鎌倉武士や蟻地獄 山田潤子

晩夏光波を遊ばす弁天窟 西岡青波

たっぷりと夏大根の薬味かな 夏目眞機

吹きもまれつつも紅薔薇色保つ 高橋美代子

通夜にある黙のはなやぎ夏深し 松田ます子

賑はひの去りし浜辺や晩夏光 吉住夕香

黄昏の潮の遠鳴り晩夏かな 松尾みどり

蟻地獄兵どもの足の跡 塚島豊光

薄れゆく人の縁や晩夏光 日高朝代

旧道の信濃追分風凉し 内藤和男

蟻地獄賽銭箱の真下かな 味村京子

羽きらり最後にひらり風晩夏 秋富ちづ子

日常に潜む殺気か蟻地獄 桐谷美千代

密やかに声なき声の蟻地獄 島田美保子

クーラーの息継ぎまでの静寂かな 小林清美

仁義なき砂の隠れ家蟻地獄 目黒圭子

単線の遮断機を待つ晩夏かな 渡辺ヤスエ

飢餓日記残る古刹や蟻地獄 清水吞舟


鑑賞(清水呑舟)

梅酒瓶ラベルに残る母の文字 前原好子

家族の大好きな梅酒を作るのが母の楽しみであった。ラベルには仕込んだ日や飲み頃の予定日、呑みすぎ注意等、母のメモが残されている。それを見るたびに、家族の絆を大切にした母の家族を思う気持ちが偲ばれる。

たっぷりと夏大根の薬味かな 夏目眞機

最近辛い大根が少なくなった。子供の頃は舌が曲がるくらいに辛い大根が多かった。今日は久しぶりに辛味大根が手に入った。厚揚げの焼いたものや蕎麦やソーメンの薬味として使用したい。夏バテの食欲増進に薬味として最高だ。

通夜にある黙の華やぎ夏深し 松田ます子

親が亡くなると、子供たちは勿論、親戚も各地から集まってくる。最近はこういう時しか親戚が集まることは無い。つい積もる話もしたくなるが、大きな声では話せない。沈黙の中にも、互いの目で再会を懐かしむことになる。


いそしぎ会 兼題:袋掛、夏芝居、当季雑詠

収穫時期待膨らむ袋掛 吉武千恵子

笑はされ世話物に泣き夏芝居 大山凡也

夏芝居祖母の作りし三段重 高橋久子

水遊び足りたる子等の寝息かな 佐々木紅花

夜の秋まづ足元に訪れる 杉山若仙

モーツアルト聴かせて袋掛け終へる 大野昭彦

溝浚ふ大雨降りて迸る 田部久二

子ら去りし朝の静寂や蝉時雨 東花梨

熊蝉の低き好まず高き鳴く 坂西光漣

猿島や花火彩る夜の海 萩原照代

鳴り物のお化けの気配夏芝居 直林久美子

夏芝居飛沫もろともかぶりつき 金井美ゐみ

たえまなく周平館は蝉時雨 小形好男

ひとつづつ「おいしくなあれ」袋掛 吉住夕香

頬被り脚立降り来る袋掛 井澤絵美子

夕闇の月も舞台に夏芝居 小倉元子

海を背にぽつんと駅舎雲の峰 和田行子

夕南風や満ち潮早き有明海 塚島豊光

砂丘越え潮の匂ひし袋掛け 加藤久枝

背に眠る吾子の重さや袋掛け 井上瑞子

袋掛果て無く続く甲州路 吉川文代

夏芝居叔母につれられ投げ銭す 小出玲子

寝ころべば畳の青さ涼しさよ 馬場行男

琵琶の木に取り残されし袋掛 竹内仁美

初体験脚立危ふし袋掛 小林実夫

老役者殺陣渾身の夏芝居 藤田真知子

一心に墓洗ふ子の父似の背 西岡青波

葦に止まるとうすみ蜻蛉風に揺れ 山岸旗江

婆をまた泣かす子役や夏芝居 清水呑舟


鑑賞(清水吞舟)

夏芝居祖母の作りし三段重 高橋久子

子供の頃、夏休みに入ると旅役者の一座が街によくやって来た。テレビが無い頃なので、皆それを楽しみにしていたものだ。祖母はその日の朝早くから起き出して、みんなの弁当を作り始める。卵焼き、お煮しめ、かまぼこ、お稲荷が入った三段重は本当に美味しくて、芝居を見ながらそれを食べるのは、至福の刻であった。

溝浚ふ大雨降りて迸る 田部久二

溝浚いは農家にとって、田植えを始める前に田の周りの用水路の泥を掬ったり周辺の草を刈ったりすることである。田作りに欠かせない作業であり、村人全員の共同作業となる。溝浚えの終えた後の大雨の滔々と流れる様を見て、村人はほっとすると共に、今年の豊作を確信する。

子ら去りし朝の静寂や蝉時雨 東花梨

昨日まで子供家族が帰省していた部屋は、今朝はがらんとしていて嘘のように静まり返っている。庭の蝉時雨が部屋に響いているだけである。毎年同じことの繰り返しであるが、いつまでもそれが続く事を祈っている。