俳句的生活(130)-本陣「松屋」ー

茶屋町の立場茶屋には、本陣として松屋、脇本陣として江戸屋がありました。江戸屋の方は、浜降祭の神輿事件や、太田南畝の道中記に記述され、かっての江戸屋の場所には、今も重田家が残っていることもあり、存在感は大きいのですが、松屋の方は、明治25年の大火で消失してしまい、わずかに明治天皇の東幸で休憩地となったとか、明治7年の茅ヶ崎での最初の郵便局が松屋の佐藤清左衛門宅に設置されたといったことが、市史などに記述されるだけになっていました。

末裔の方がどうされているか、気になっていたのですが、堤に松屋という日本レストランがあり、佐藤光市長の実家が経営されているということで、もしやと思い、思い切って電話を入れてみました。幸運にも、女将さん(佐藤市長のご母堂)と話をすることが出来、自分の推測が当たっていたことを確認できました。女将さんのところは、2代前に分家した家だそうで、本家は中海岸にあるとのことでした。

私事ですが、このレストランには、家内と二人、伊勢原の病院での診察の帰りに、銀河大橋を渡り、そのままバイパスの下の側道を通って、ランチをしによく通ったものです。今度行くときは、添付した本陣「松屋」の家並図を女将さんに渡してこようと思っています。

松落葉すめらみことの冠に

茶屋町の家並図