鬼を狩る子孫 第二部・過去編 第四章 伊賀(3)
虎という男
伊賀の中でも、葛山の屋敷は少し高いところにあった。
谷を見下ろすように建てられ、
道を行き来する者の動きがよく見える。
この屋敷の主、葛山虎矩は、
伊賀でも指折りの力を持つ地侍であった。
もともとは一つの谷を治める家に過ぎなかったが、
戦と取引で力を伸ばし、
いまでは周囲の村々にも影響を及ぼしている。
合議の場でも発言力は強い。
決まりそのものを変えることはできない。
だが、流れを変えることはできる。
それが、虎矩という男であった。
ただし、好かれてはいない。
恐れられている。
力があるから従われるが、
信用はされていない。
虎矩の決めたことに逆らい、
無事で済んだ者は少ない。
その違いを、虎矩自身は気にしていなかった。
むしろ当然だと思っている。
屋敷は広い。
だが城のように固めてはいない。
土塀と木戸で囲まれているだけだ。
それでも、出入りする者は限られている。
用のない者は近づかない。
それが、この屋敷の力だった。
その奥の一室。
障子が半分ほど開けられ、
朝の光が畳の上に落ちている。
葛山虎矩は、そこに座っていた。
片膝を立て、
ゆったりとした姿勢で茶をすすっている。
その動きには無駄がなく、
この場が自分のものであることを疑っていない。
やがて、足音が近づいた。
廊下を歩く音は軽い。
迷いがない。
だが、気配は薄い。
障子の外で止まり、
一拍の間を置いてから、声がした。
「……参りました」
虎矩は答えない。
茶をもう一口すすり、
そのまま視線を障子の方へ向ける。
「入れ」
短く言った。
障子が静かに開く。
入ってきたのは、若い男だった。
背は高くない。
身なりも質素で、目立つところはない。
だが、その立ち方には隙がなかった。
室内に入ると、余計な動きをせず、
決まった位置で止まる。
視線は低く、
しかし周囲を見ていないわけではない。
虎矩はその様子を見ていた。
値踏みするような目だった。
「霧隠三之助」
名を呼ぶ。
男は頭を下げた。

「は」
それだけ答える。
声は低く、落ち着いている。
虎矩は、しばらく何も言わなかった。
ただ三之助を見ている。
その沈黙は、試すためのものだった。
三之助は動かない。
呼吸すら、ほとんど感じさせない。
やがて虎矩は、わずかに口の端を上げた。
「噂どおりやな」
独り言のように言う。
「音がせん」
三之助は答えない。
否定も肯定もしない。
ただ、そこにいる。
虎矩は茶碗を置いた。
「面白い」
その一言だった。
障子の外では、風が動いていた。
山の上には、まだ霧が残っている。
その霧の向こうで、
何かが動き始めていることを、
この場の二人は、すでに感じていた。


