添削(75)ーあすなろ会(35)令和8年3月ー
美愉さん
原句 冬コート終(しまい)に迷ふ余寒かな
本句の問題点は、冬コート と 余寒がそれぞれ冬と春の季語として重なっていることです。どちらかの季語に絞って作句するのが、良いと思います。
参考例1 冬コート終(しまい)に迷ふ日和かな
参考例2 畳みたるままにしてある余寒かな
原句 春昼や多勢の中の孤独かな
「や」と「かな」という切字が二か所で使われています。前句のような季重なりは許容されたりはするのですが、本句のような切字の重なりは “絶対” に避けなければなりません。
参考例 おおぜいの中に一人や春の昼
原句 春うらら雲を友とし一人旅
本句は句意の良く分かる句ですが、問題点は “雲を友とし” という措辞が甘ったるい観念的なものになっていることです。また、”一人旅” のように、自分を句の中に入れない方が俳句的になります。人も旅も出さずに、雲といっしょに旅をしていることが分かる句を参考例としました。
参考例 街道を西へ西へと春の雲
紫苑さん
原句 がら空きの最終列車二月尽
「二月尽」とは二月の末日のことで、短い月の過ぎ行く速さ、寒さの残るなかで春本番を迎える安堵感や名残惜しさをニュアンスとして持っています。その季語に一日の終わりでもある最終電車を対応させたのは理に適っています。問題は ”がら空きの最終列車” という表現が口語的で詩情に欠ける点です。
参考例 終電の席まばらなる二月尽
原句 点在の街灯りなり春朧
本句の問題は “点在” という漢語が俳句では固い表現になっていることです。
参考例 街灯りまばらに点る春霞
原句 春めくや駅弁を買ひ特急へ
本句の問題点は、駅弁を買って特急に乗ったという時系列の出来事を、ほぼそのままに中句下句としていることにあります。上句で春めいて来たことを詠嘆しているので、その詠嘆を補完する内容のものを中句下句に据えると俳句的になります。
参考例 春めくや駅弁ひろぐ列車旅
桜子さん
原句 百歳を生く母と見る桜かな
大変良い材料を句にしています。問題は “百歳を生く” が散文的で、長寿の感動を直接説明してしまっています。その結果、桜より「百歳」が前面に出てしまっています。”生き” と “見る” をなくして、代わりに「ふたり」を入れた方が詩情に富むと思います。
参考例 百歳の母とふたりの桜かな
原句 改札を出て春満月に向かふかな
本句の問題は、”出て” と “向かふ” が作者の動作を表す動詞となっていて、焦点が対象物に当たっていないことです。
参考例 改札を出れば東に春の月
原句 余寒なほ朝の厨は人を待つ
本句は語順を入れ替えて余寒を強調した方が俳句的になるでしょう。
参考例 人を待つ朝の厨は余寒なほ
冬翠さん
原句 叢雲の隠す今宵の春満月
本句は “隠す” という動詞を使用したため、事実を叙述した説明句になっています。また “今宵” は叢雲と春満月で景は述べられていますので、働きのない言葉になっています。”隠す” という説明の言葉と “今宵” を除いて、余情ある表現にしてみます。
参考例 叢雲や春満月のあるあたり
原句 二人居の時間(とき)緩やかや雛飾る
本句は、二人居の時間が緩やかであるという散文の叙述がそのまま句になっています。また時間が緩やかというのは観念的です。下句を「日のしづか」として蕪村的な余情を出してみました。
参考例 二人して雛を飾れば日のしづか
原句 二代目も味の変わらずうぐいす餅
中句の “味の変わらず” が説明的なので、味を体感する表現にした方が良いでしょう。
参考例 二代目の味のふくらむ鶯餅
とも子さん
原句 生きている眼で並ぶさよりかな
本句は、生きている眼をしてサヨリが並ぶ、という意味ですが、構文に長さを感じます。また、詠嘆するのは、さよりではなく眼(まなこ)にした方が、句作者の体験に近くなると思います。
参考例 サヨリ並ぶまだ生きてゐる眼かな
原句 用水を流れつ咲きぬ紅椿
本句は中句に動詞を二つ連ねたため、たどたどしい表現になってしまいました。動詞を一つにする工夫をしてみました。
参考例1 用水の流れに紅椿咲けり
また、用水に落ちている紅椿が咲いていて流れるのは当たり前のことなので、中句の措辞で、紅椿が用水の表面を梳いているようだ、として、当たり前を抜け出すようにしてみました。
参考例2 用水を梳くがごとくに紅椿
原句 木々芽吹く音に獣の夢醒むる
中句の “に” では原因を示すことになるので、”や” として前後を並立させるのが良いでしょう。
参考例1 木々芽吹く音や獣の夢醒むる
“獣” は大袈裟であるので、普通に冬眠とした方が良いでしょう。
参考例2 冬眠の夢の醒むるや木々芽吹く
弘介さん
原句 ゆったりと風を見ている春の雲
本句は “春の雲” を擬人化した句ですが、”見ている” が説明語であるために、成功した擬人化になっていません。春の雲を「写生」した方が、楽に俳句をつくれます。
参考例 風ゆるく流れてゆけり春の雲
原句 一本松風にふるえる若緑
もしこの一本松が、東日本大震災の津波で一本だけ生き残った松だとすれば、中句の “風にふるえる” という措辞は如何なものでしょうか。三陸の松であることをはっきりさせ、エネルギーに溢れ、たくましく生き残っているとした方が良いのではないでしょうか。
参考例 若みどり萌ゆ三陸の一本松
原句 みどりごの柔きつや肌桜餅
中句が説明的になっています。嬰児の肌が桜餅のようにつやつやとしているのは、あえて文字にしなくてもわかりますので、そこは省略して、別の言葉を添えるのが良いでしょう。「墨堤」を添えると、隅田川の春風が嬰児を包んでいる景が生まれてきます。
参考例 嬰児の肌墨堤の桜餅

