鬼を狩る子孫 第五話 いじめ(9)
鬼の正体
翌週の朝、秋の風が校舎を渡っていた。
銀杏の葉がぱらぱらと舞い、職員室の窓を軽く叩く。
教室では、神原が席に着いたまま、手帳を見つめていた。
その表紙には、真衣の書いた文字――
『だれも見ていない』が貼られている。
「……おはよう」
悠夜の声に、神原は少しだけうなずいた。
前の黒板では嵐山がチョークを走らせていた。
太い線で書かれたのは、ただ一文字――「鬼」。
「さて、きょうは “鬼” の話でもしよか」
その声に、教室が静まった。
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嵐山はチョークを置き、ゆっくりと話し出した。
「昔の人は、鬼のことを山や闇の中におるって言うた。
けどな、本当の鬼は外やなくて――人の中におる。」
神原が小さく息をのんだ。
「たとえば、誰かが困ってるときに “自分は関係ない” って思う。
その瞬間、心のどこかに冷たい影が生まれる。
それが、鬼や。」
蓮が手を挙げた。
「じゃあ、鬼って……心の中の影みたいなもの?」
「そうや。誰の中にもある。
けど、人を思う気持ちが強くなれば、
鬼は居場所をなくしていく。」
真衣が静かに頷いた。
その顔には、ほんの少し安らぎの色があった。
神原が勇気を出して言った。
「……じゃあ、俺の中の鬼も、いなくなるのかな」
嵐山は微笑んだ。
「鬼はな、誰の中にもおる。
けど、それに気づいたときから、
もうそいつはお前の支配を離れとる。」
教室に、柔らかな沈黙が流れた。
嵐山は黒板の「鬼」の文字を見上げて言った。
「鬼になるっていうのは、心が冷たくなったときや。
けど、人の痛みに気づけるうちは、まだ鬼やあらへん。」
神原が小さく頷いた。
悠夜と蓮も真衣も、それぞれの胸に何かを刻むように、黙って聞いていた。
嵐山は軽く息を吐いた。
「……ほな、今日の授業はここまでや。
続きは、みんなの “心の中” でやっとき。」
黒板の「鬼」という字が、
西日を受けてゆっくりと橙色に染まっていった。

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