添削(62)-あすなろ会(18)令和6年8月ー
怜さん
原句 山清水室堂の星と語りをり

室堂は立山黒部アルペンルートの最高地点で標高2450mの平らなスペース、室堂平と呼ばれている処です。そこには宿泊施設もあり、夜には空を流れる天の川や流れ星など満天の夜空を楽しむことができます。作句者はそこに一泊し、星を眺めたところには清水が湧いていて、あたかも清水が星と話をしているようだと詠んだ句です。”語りをり” の主語が岩清水なのでそれを上五に置いたのですが、ここは倒置して下五に置き更に岩清水に焦点を当てるために、助詞をあえて「に」とし ”室堂に” とするのが良いでしょう。
参考例 室堂に星と語るや岩清水
原句 初浴衣鼻緒がきつくつまづきて
初めて着る浴衣で歩きにくいのに、その上下駄の鼻緒がきつくてつまづいたという少女を詠んだ微笑ましい佳句です。初浴衣ときつい鼻緒が ”つまづきて” の前に置かれると、それが「つまづき」の原因であるとの表現になるので、語順を替えて緩和するのが良いでしょう。
参考例 つまづくやきつき鼻緒と初浴衣
原句 驟雨ぬけ稜線空をななめ切り
驟雨がぬけたあと、稜線がくっきりと現れ、それが空を斜めに切っているという、時間経過を伴った風景句です。問題は下句の ”ななめ切り” の「切り」で、切るという動詞を使わなくても同じことが表現できます。そうした場合は、動詞を省略する方が俳句としての「味」が深くなるのです。
参考例 驟雨ぬけ稜線空を筋違(すぢかひ)に
弘介さん
原句 アルプスを越えよと競ふ雲の峰
アルプスに入道雲が出来ていて、その高さがアルプスよりも高くなろうとしている景を詠んだ句です。原句では競い合っているのが入道雲とアルプスなのか、入道雲どうしなのかが曖昧なので、入道雲どうしであることがはっきりするようにした方がよいでしょう。
参考例 アルプスを競って昇る雲の峰
原句 始まりはこの葉のしずく清水成す
木の葉の一滴が清水の始まりであると詠んだ句です。”成す” と ”始まり” が稍々重複しているので、”始まり” に替えて一滴が木の葉を落ちるとし、映像を伴うものを参考例としました。
参考例 清水成すしずく木の葉を落ちにけり
原句 門づけの音もくぐるや麻暖簾

門付け(かどづけ)は、日本の 大道芸 の一種で、門口に立ち行い金品を受け取る形式の 芸能 のことで、今に残る新春の獅子舞の戸別訪問などはその一つです。句は威勢の良い門付けの音が暖簾を潜って家の中に入っていっているよ、と詠んだものです。中句での助詞は ”も” ではなく「の」にしなければいけません。
参考例1 門づけの音の潜るや麻暖簾
参考例2 門付や祇園小路の麻暖簾
蒼草さん
原句 蒼海の水脈ひと筋や雲の峰
”水脈” を使った俳句で印象的な句に、金子兜太の「水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る」というのがあります。このように海原に続く ”水脈” は、航跡以上に何かを考えさせるものを持っています。原句の ”水脈ひと筋” は客観を叙述したものですが、水脈はひと筋に決まっていますから、この表現はありきたりです。水脈がひと筋であると詠んでは駄目で、「水脈のひと筋」とひと筋に焦点を当てるのであれば写生として成り立ちます(参考例1)。本句のように ”水脈” と ”雲の峰” を取り合わせる場合には客観写生ではなく主観を詠むのも有りでしょう(参考例2)。
参考例1 海原に水脈のひと筋雲の峰
参考例2 水脈の果てに数多の兵や雲の峰
原句 コーヒーも和菓子も美味し岩清水
この句の背景は恐らく、岩清水で淹れたコーヒーが出された茶屋でのことで、それがとりわけ美味であった、というものと思います。ここでも ”美味し” という形容詞は使わずに別の表現をして、美味しそうな雰囲気を出すようにした方が良いでしょう。
参考例 緋毛氈に香る抹茶や岩清水
原句 夏暖簾もるる女将の京言葉

京都の料亭の暖簾は、夏季は白色のものが使われることが多く、涼しい印象を出すために麻素材がよく利用されます。俳句の季語としても麻暖簾が夏暖簾の傍題になっているほどです。暖簾は秋になると店独自の色、濃い色のものに取り換えられていきます。原句はそうした暖簾の奥から女将の京言葉が聞こえてきたという句です。原句の ”もるる” は稍々掘り下げが足りない感がありますので、京言葉に「はんなり」を加えてみました(参考例1)。また、暖簾の白麻地と女将の着物の白麻地を合わせたものを参考例2としてみました。
参考例1 はんなりとした京言葉夏暖簾
参考例2 夏暖簾女将の合わす白麻地
遥香さん
原句 高らかに球児宣誓雲の峰

雲の峰に甲子園を取り合わせた句は数多あるので、措辞を工夫することが求められます。本句ではその措辞に ”高らかに” という副詞を使ったので、句が平板なものになっています。
参考例 大会旗を揺する宣誓雲の峰
原句 恋話(こいばな)や喉をくすぐるソーダ水
本句は ”喉をくすぐる” という措辞が効いていて、ソーダ水を飲みながら恋話をしているのが、熟年のおばちゃん達ではないだろうかと想像させてくれます。”喉をくすぐる” を生かすために、ストレートに熟年を持ってきた方が良いと思います。
参考例 熟年の喉をくすぐるソーダ水
原句 川面渡る忍びの者や水馬
原句は、水馬が水の上をスイスイと渡るのを ”忍びの者” と言い切っていますが、比喩としての表現にした方が良いでしょう。
参考例 川面(かわづら)を忍者の如く水馬
游々子
茶湯涼し千古の杜の連枝の樹
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藁の入る我家の壁や糊浴衣
峰を蹴る曹源池の水馬