添削(60)-あすなろ会(16)令和6年6月ー
怜さん
原句 空だけを泰山木の花は見て
泰山木は常緑高木の1種で、ときに高さ20メートルになる大木です。花は白い9枚の花被片からなり上向きに咲くのが特徴です。
本句は、花が上向きに咲くことを ”空だけを見る” と表現した句です。”見る” という動詞を使った擬人法で、”空だけ” の ”だけ” で強い意志を感じさせるものとなっています。また、下句を ”見て” と連用形で終えているのも、本句においては、ほんわかとした語感になっていて成功しています。直しの要らない秀句です。
原句 更衣子の腕太く長くなり
半袖の服に衣更えしてみると、我が子の腕の太く長くなったことに気付いた、という句です。我が子の成長がこんなところにも表れていると気付いた佳句です。本句の場合、更衣が気付くことの種明かしとなっているので、その語は上句ではなく下句に置いた方が良いでしょう。
参考例 子の腕の太くなりけり更衣
原句 風香る初黒帯の合気道
初めて黒帯を締めての合気道の稽古、風にすら香が漂う、という句です。季語にマッチした12音となっていて佳い句です。”風香る” の ”香る” の漢字は歳時記では採用されていないので、「風薫る」とした方が良いでしょう。また、黒帯を使うのは、柔道や空手・合気道と決まっていますので、下句の合気道は省略して別のことに言葉を使った方が良いでしょう。参考例では黒帯そのものに焦点を当ててみました。
参考例 新調の黒帯まぶし風薫る
弘介さん
原句 掘り出し物青い眼あさる青空市
30年余り前のことですが、我が家でドイツからの女子高校生を、ホームステイとして夏の1か月間預かったことがあります。彼女の好みは鎌倉などに行くことではなくて、フリーマーケットで掘り出し物を見つけることでした。もともと蚤の市(flea market)はヨーロッパが発祥の地で、子供たちにもお宝探しの遊びのようなものになっていたのでしょう。本句は外人さんが掘り出し物を青空市で漁っている、と詠んだものですが、それは当たり前のことですので、”掘出し物” という言葉は使わずに、別表現する必要があります。
参考例 青い眼の色変えあさる青空市
原句 大夕焼光一筋湖渉る
本句も現象をそのままに表現しただけの句となっています。その原因は動詞の ”渉る” にあり、光が向こうからやって来る、というだけのことになっているからです。もっとダイナミックにはっとさせるような表現にしなければいけません。
参考例 大夕焼光一筋湖を割る
原句 温暖化薄く短く更衣
この句の問題点は、温暖化という原因によって更衣の服が薄く短くなってしまったという構文になっていることです。原因を云っては駄目で、別表現にしてみます。
参考例 薄物のますます薄く更衣
蒼草さん
原句 青鳩や潮に触るなり飛び立てり
この句の作者(蒼草さん)に聞いた話ですが、蒼草さんは青鳩の句を作るために、大磯海岸にまで青鳩を観に行ったとのことです。よってこの句は実体験に基づいた佳句です。青鳩は海水を飲むために丹沢から飛来してきているもので、岩礁の水たまりの海水を飲んだり、海面上をホバリングして海面に下りて飲むという二つの飲み方があるようです。本句は後者の飲み方を詠んだもので、戦闘機が空母の甲板をタッチ&ゴーするように、一瞬で海水を飲み飛び立つ処を捉えたものです。中句の ”触るなり” の言い回しが今ひとつなので、表現を少し変えてみました。
参考例1 潮に触るるや青鳩の飛び立てり
参考例2 青鳩や潮を羽搏き飛び立てり
原句 早川の湯の花匂ふ姫卯木
早川は箱根芦ノ湖の湖尻(湖尻水門)に源を発し東に流れ、箱根湯本から小田原を経由して相模湾に注ぐ川です。本句は川沿いに卯木の白い花が咲いている美しい景色を詠んだ句です。上句の助詞の使い方ですが、本句では ”の” ではなく、”は” にした方が拡がりが生まれます。卯の花は佐々木信綱の作詞による「夏は来ぬ」で有名ですが、この歌は幕末の歌人である加納諸平の「山里は卯の花垣のひまをあらみしのび音もらす時鳥かな」を本歌取りしたもので、着目すべきところは上五で「山里は」としたところです。助詞を ”は” としたことで、一気に山里が拡がりを持ったものとして現れてきています。同様に本句も ”早川は” とすることによって、中句にも下句にも掛かることになって景色に拡がりが生じてくるのです。
参考例 早川は湯の花匂ふ姫卯木
原句 勤行(ごんぎょう)の白む門前朝顔市
朝顔市は鬼子母神でおなじみの入谷が有名処です。そこは上野と浅草に近く、朝6時の時の鐘の音が響いてきます。本句は早朝の勤行の声と取り合わせていますが、それよりも寛永寺や浅草寺の時の鐘に合わせる方が実情に合っているでしょう。
参考例 朝顔市支度せかせる時の鐘
遥香さん
原句 黒瓦光る旧家や柿若葉
本句の問題点は、黒瓦、旧家、柿若葉と質量感ある名詞を3つ使ったことで、残りの4音でそれらを繋ぐ措辞を述べるのが難しくなっていることにあります。黒瓦と旧家は近いイメージがありますので、どちらか一つに絞り、捻出した音数を措辞に割り当てるのが良いと思います。
参考例 暮なずむ坂に旧家の柿若葉
原句 更衣風の眩しき通学路
前句もそうですが、上句と下句に名詞を置くとリズムが取りづらくなります。そうしたとき、傍題で都合よいものがないだろうかと、歳時記をチェックしてみることをお勧めします。更衣の場合だと、同じ「ころもがえ」でも「衣更へ」というのがあり、動詞としても使えます。ここはそれを使うと滑らかなリズムのものになります。
参考例 衣更へて眩しくなりぬ通学路
原句 旅の果思い出畳む大夕焼
本句も上句と下句が名詞止めとなっていて、リズムが硬い感じがします。中句で使っている ”畳む” は「整理する」という意味ですが、ここはまだ思いが膨らんでいく、というニュアンスのものに替えた方が旅情が出ると思います。
参考例 旅果てて思ひめぐらす大夕焼