鬼を狩る子孫 第十二話 大江山(13)

保津川下り

朝の空は、よく晴れていた。

 山の宿を出ると、空気は一段軽くなっている。昨日までまとわりついていた湿り気が、どこかへ抜けたようだった。

「今日は川やな」

 嵐山はそう言って、伸びをした。

 亀岡の乗船場は、思っていたより賑やかだった。ライフジャケットを着け、舟を待つ人々の声が、川面に跳ね返っている。

「昨日の山と、えらい違いですね」
 真衣が言う。

「せやろ」
 嵐山は笑った。
「山は黙っとったけど、
 川は、よう喋る」

 舟が岸を離れると、水音がはっきりと耳に届いた。流れは速いが、荒々しさはない。岩を避けるたび、船頭が声をかける。

 両岸の山は迫っているが、昨日の山とは違う顔をしていた。人の手が入り、削られ、使われてきた痕跡が、あちこちに残っている。

創作小説の挿絵

「この川な」
 嵐山が言った。
「昔は、今みたいに遊ぶ場所やなかった」

 三人は顔を向ける。

「江戸の初めに、
 角倉了以いう商人が、
 この川を開いたんや」

「商人が、ですか」
 悠夜が聞く。

「せや」
 嵐山は頷いた。
「武士やない。
 金の動きが分かっとる人間や」

 舟は、ゆるやかな瀬に差しかかる。

「保津川を下って、
 伏見まで荷を運ぶ。
 そこから高瀬川に繋いで、
 京都の町中まで通した」

「高瀬川って、
 街の中の、あの川ですよね」
 蓮が言う。

「そうや」
 嵐山は言った。
「山から町まで、
 水で繋いだんや」

 悠夜は、川面を見つめた。

「鬼の山と、
 都が……」

「繋がっとる」
 嵐山は、はっきり言った。
「討った話も、
 流通も、
 全部、同じ線の上にある」

 舟が岩にぶつかり、水しぶきが上がる。船頭の声が響き、観光客が小さく歓声を上げた。

「昨日の供養塔はな」
 嵐山は続けた。
「この流れには、乗らん場所や」

「だから、
 山に置かれた」
 真衣が言った。

「せや」
 嵐山は頷いた。
「都に下ろしたら、
 また物語にされてまう」

 川は、確実に下っていく。山は少しずつ開け、空が広くなる。

「川はな」
 嵐山は言った。
「流すもんを選ばへん。
 都に要るもんも、
 要らんもんも、
 一緒に運ぶ」

 悠夜が小さく言った。

「鬼も……」

「せや」
 嵐山は遮らなかった。
「せやから、
 山に残した鬼は、
 ここには乗せへんかったんやろ」

 舟は、嵐山の名の通りのあたりに近づいた。人家が見え、橋が現れる。

「戻ってきましたね」
 真衣が言う。

「戻ったんやない」
 嵐山は訂正した。
「流れてきたんや」

 舟は岸に着き、乗客たちは次々と降りていく。川の音は、まだ背中に残っていた。

 山で黙っていた鬼は、
 川には乗らなかった。

 だが、
 川が都へ運んだ物語の中に、
 鬼の影は、確かに混じっていた。

 三人は振り返らず、
 京都の方へ歩き出した。