鬼を狩る子孫 第十二話 大江山(14)

生協食堂

京都に戻った日の夕方は、思いのほか静かだった。

 観光地を外れた東大路は、帰宅する自転車の流れと、授業を終えた学生たちの足音が交じるだけで、騒がしさはない。

「夕飯、どうします?」
 真衣が聞いた。

「子どもおるしな」
 嵐山は少し考えてから言った。
「生協でええやろ」

「生協?」
 蓮が首をかしげる。

「京大のや」
 嵐山は笑った。
「学生の腹を満たす場所や。
 余計なもんは、ない」

 東大路の西側に入り、西部構内へ向かう。構内に入ると、空気が少し変わった。観光客の歩幅ではなく、用事のある人の歩幅になる。

 食堂は明るく、広かった。
 トレイを持って列に並ぶ学生たちの会話は、専門の話から他愛のない話まで混じっている。

「学外の人も入れるんですね」
 悠夜が言う。

「入れる」
 嵐山は即答した。
「学ぶ場所はな、
 閉じたらあかん」

 各々が好きなものを選び、席につく。
 唐揚げ、うどん、野菜の小鉢。特別な料理ではない。

創作小説の挿絵

「普通ですね」
 真衣が言った。

「せや」
 嵐山は頷いた。
「普通が、最後には一番ええ」

 しばらくは、黙々と食べる音だけが続いた。山の静けさとも、川の水音とも違う、生活の音。

「山の鬼は」
 不意に、蓮が言った。
「ここには、来ないですね」

 嵐山は箸を止めた。

「来えへん」
 そう言ってから、続ける。
「来たら、もう鬼やなくなる」

「物語にされるから?」
 悠夜が聞く。

「せや」
 嵐山は頷いた。
「都はな、便利なもんを集める場所や。
 話も、人も、
 都合ええ形にする」

「だから、供養は山に残った」
 真衣が言う。

「そうや」
 嵐山は言った。
「供養は、
 役に立たんもんやからな」

 三人は、それぞれの皿に視線を落とした。

「でも」
 悠夜が言った。
「知らなかったら、
 無かったのと同じじゃないですか」

「違う」
 嵐山は首を振った。
「知ろうとして、
 全部分かった気にならんことが、
 一番大事や」

 食堂の外では、空がゆっくり暗くなっていく。

「家までは、歩いて帰れる」
 嵐山は立ち上がりながら言った。
「二十分もあれば着く」

 下鴨の家へ向かう道は、夜でも明るかった。住宅の灯りが点り、遠くで犬の鳴く声がする。

「京都、終わりですね」
 真衣が言う。

「終わりやない」
 嵐山は歩きながら言った。
「戻るだけや」

 家の前に着くと、嵐山は一度、振り返った。

「鬼はな」
 ゆっくり言う。
「討たれた話だけ覚えたら、
 また同じことを繰り返す」

 三人は黙って聞いていた。

「せやから、
 供養が分からんままでええ」
 嵐山は言った。
「分からんもんが、
 山に残っとる。
 それを、
 知って帰れたら、
 もう十分や」

 門をくぐり、灯りを点ける。

 山の鬼は、
 山に残った。

 川は、
 都へ流れた。

 そして、
 都の夜は、
 何事もなかったように、
 静かに更けていった。

第十二話 完

以上、十二話でもって学園を中心とした物語を終了いたします。次からは悠夜の祖先である室町時代の若者の冒険譚を「第二部・過去編」として掲載していきますので、引き続きお楽しみください。